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02 犬ですね
「えーっと……どういう状況でしょう?」
女は困ったように肩を竦めて身を縮める。その足元では大型犬がクンクンと服に付いた匂いを嗅いで回っていた。
「ベルツは僕が最も信用している使用人です。犬の嗅覚は人間の何倍も優れている。貴女が嘘を吐いているなら、きっと教えてくれるはず」
「そんな嘘発見器みたいな!」
「貴女は自分を天使だと名乗る変態です。無害だと分かるまでは近付かないでください」
女は気分を害したのか、ぷくっと頬を膨らませてこちらを睨み付ける。不思議なことに、幼さの残る容姿ゆえか、そんな顔をしてもあまり憎らしくは感じなかった。
「嘘じゃありません!私は渋谷のハロウィンにお友達と参加していて、気が付いたら貴方の上に居たんです。きっと酔って道路に突っ込んで車にでも轢かれたんだわ」
「それじゃあ貴女は幽霊だと……?」
「幽霊じゃありません、天使です!見てよ、背中に羽が生えているでしょう?」
くるっと身体を翻して女は背中をこちらへ向ける。確かにそこには小さな羽があったが、誰がどう見ても作り物だ。たぶん今時五歳児でも騙されることはない。
訝しむリアムの目を見て、プンプンと起こった様子の自称天使は急に表情を変えると「他にも証拠はあるわ」と胸を張った。
「私、この世界の人間じゃないの」
「へぇ」
「あっ!信じてないわね!そういう反応って良くないわよ。こういう時は嘘でも良いから驚いたフリをするのよ」
「そうなのか?」
揶揄うように笑ってリアムが女の背中の羽を引っ張ると、接着剤で付けただけだったのか、それはあっさりとポロリと落下した。
「あぁっーー!!大事な羽が……!!」
「大きな声を出さないでくれ。僕の部屋に接着剤があるから、もう一度くっ付ければ良いだろう」
「そんな、工作じゃないんだから………」
大袈裟に悲嘆に暮れる女をリアムは静かに観察する。この世界の人間ではないという彼女の言葉はにわかに信じがたいものの、確かにこの国の住人ではなさそうだ。どうやって言葉を習得したのかは謎だが、敵意も感じられない。
「とりあえず部屋に移ろう」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げて女は腕を胸の前で交差させる。
「何をする気ですか!?私、知ってるんですよ。こういう異世界転生の話って、こっちがこの世界の道理を分からないのを良いことに、奴隷市場に売り飛ばしたりするんでしょう?」
「異世界……転生……?」
「素っ裸にして値段を付けるんですよね?それで買い手の気持ち悪い男爵に夜な夜なエッチなことをされるんです。エロ同人みたいに……!!」
「エロ同人……?」
わけが分からないリアムだったが、会話が変な方向に進んでいることを察して、とりあえず「変なことは絶対にしないので場所を変えたい」と申し出てみた。
女はかなり警戒心が強く、しばしの間こちらを睨んでいたが「ちょうど三時だからケーキでも用意しよう」と提案すると、途端に態度をコロッと変更してリアムの横に擦り寄って来た。
どうやら、この自称天使は甘いものに目がないようで。
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