あけてはいけない

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(最初は、私のこと大好きだって言っていたのに)  そう思うと、ぼろぼろと涙が出て止まらなくなった。  帰りは小雨が降っていた。  私は泣き顔をさらしたくなくて、明日の朝に食べるものを買わず、夜道をふらふらと自分のアパートに向かって歩いていた。 (他に好きな女ができたって……あのバカ!)  あいつは、私が何を言っても「ごめん」というか黙っているだけだった。  別れ際、やけにすっきりしていた顔をしていたのが、なおのこと許せなかった。  ようやく、うるさい私から解放されたとでも思っていたのだろう。  最後に「これまで、ありがとう」なんて、かっこつけて言っていたけど、リップサービスだ。本当に感謝しているなら、私をこんな目に遭わせるはずがない。  ついさっきまでのシーンが、否応なく繰り返し繰り返し頭の中で再生されて、私は怒りと悲しみで渦巻いていた。 (なーにが”ありがとう”だ! あいつなんか、のこぎりで切り刻まれて〇んでしまえばいい!)  私は泣きながら、そんな不穏な発想さえしていた。    電話を掛けてもヒロミは出なかった。折り返してもこない。  いくら親友でも彼氏と会っていたら、私の相手なんて後回しなのだろう。  まさか、こんな緊急事態が発生しているとも思わないだろうし。  駅からアパートまでの歩いて15分の道のりをへて、ようやくたどりつく。  集合ポストに郵送物がないのをたしかめて、二階へ通じる暗い階段をゆっくりと昇った。  屋根はあるが、弱い灯りがあるだけで壁はないので階段を上がったところも吹きさらしになっている。  奥から二番目が私の部屋。  あいつもここへは何度か来たことがある。  初めて中に入れたときの互いの緊張感もまだ覚えていた。  が、今となってはすべての思い出がむなしく映る。  こんな結末になると知らずにはしゃいでいた自分が、あまりに情けなくて笑えそうになるのだった。  キーホルダーを手にして、アパートの鍵を指先でつまんだとき私は初めて気づいた。  ドアのそばに黒っぽい鞄が置いてある。  大きめのスポーツバッグに見えた。  誰かの置き忘れだろうか。  私の部屋の前だから、自分を訪ねてきた人間がいるということかもしれない。  とはいえ、セールスの人間以外、一人暮らしの自分に会うためにやってくることは考えにくかった。  女の一人暮らしは物騒なので警戒していたからこそ、この荷物についても先立つのは不安である。
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