あけてはいけない

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 私は、おそるおそる鞄の柄を持った。  ずっしりと、見かけ以上の重みがある。  すると急に鞄の中で、がそごそと何かがうごめく感触がした。 (……!)  びっくりして、私は手を離した。  犬か猫でも入っているのだろうか。  人目につかず置き去りにするために、わざわざ二階まで重たい荷物を運んできたのかもしれない。  とはいえ、このアパートはペット禁止である。  どんなにかわいい犬や猫であっても私が飼ってあげることはできない。 (けど、捨てる人はそんなこと知ったことではないのだろうな)  災難は、なぜか連鎖する。  私は、男に振られたあげく厄介事を抱えてしまい、うんざりしてしまった。  が、このまま放置していたら、この中にいる子がかわいそうである。  何の罪もなく、おそらく飼い主都合でここへ放置されているのだ。  とっさには水や食べ物をあげるくらいしか何もしてあげられないとは思いながら、とりあえず保護してあげることにした。  たとえ自分が弱っていて気分でなくても、もっと困っているのがいたら、やはり助けなくてはならない。  この捨てられた動物を救うことで、自分の沈んだ魂をも救い上げることになるという予感も、私の背中を押したことだろう。  一旦躊躇はしたが、決めてしまえばもう迷いはなかった。  明日には、どこかに届けたらいい。そういう軽い気持ちで鞄を中に入れ、ドアを閉めて灯りをつけると、鞄をそっと開けた。  中身が影で最初はよく見えなかったが、人の手の形をしたものがあると思った。 (手袋?)  ジッパーを半分近く開けたところでのそいた白いそれを目にして、思わず手を止めた。 (いや、ちがう!)  それは、人間の手だった。手袋なんかではない。  あまりのことで声が出なかったが、その手が飛び出し、ずるずると伸びて肘まで出てきた。  そして、そこで動きが止まった。  その手は生きているかのように床でぐったりとしていた。  私はそれがバラバラに損壊された遺体の一部だと勘づき、なおのこと腰が抜けたようになりながら尻を擦るようにして部屋の奥へ退いた。  さっき、あいつをのこぎりでどうこうと頭に描いていたことと相まって、ますます気が動転する。  このまま、こんなのが部屋にあったら警察に通報したところで、自分が殺人犯に疑われてしまうだろう。  そんな絶望的な想像が、寒気とともに身体中を一瞬で駆け巡った。  そうしているうちに、その手がまたしてもひとりでに動き、吸い込まれるように鞄へ戻っていく。 (なんで動いてるの……!?)  あまりの気味の悪さに、涙がにじんでくる。  こういうのは、男であるあいつだったら手際よくやってのけるのかな。  ふとそう思うといらだたしくもなった。
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