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外に放り出すべく鞄に手をかけた。
すると、また手が飛び出して私の手首を強くつかんだ。
(いや、ちょっ……!)
私は反射的に引っ張って必死で叩き払うと、それは慌てるようにして鞄の中に隠れていった。
驚きと恐怖で短い悲鳴さえも出ない。
恐れおののき鞄を見据えながら、肩で激しく息をした。
そうしているうちに、再びのそりと手首から先だけが出てきて、ひと呼吸おくと手の平を広げて前後に小さく振った。
”まあまあ”となだめるような仕草である。
「なーにが、まあまあだよ?! 追い出されたくないにしても、こっちは迷惑でしかないんだから」
私は、その手に吐き捨てた。
すると手が一度鞄に潜りこんだかと思うと、紙切れを持って出てきた。
それには、こう手書きされている。
『何かオレ、気に障ることした?』
思わずのけぞってしまう。
「気に障るも何も、自分のせいで私が警察沙汰になりそうなんだよ!」
手はそれに反応すると、今度は縦にして指をそろえ前後した。
”わりい、わりい”とでも?
なんだか軽いな、この人、いや、手。
私は頭を掻いた。
「とりあえず、外の元に場所に戻ってもらうからね。それでお互い何もなかったことにしよ?」
そういって改めて手を伸ばすと、別の紙切れを寄こした。
『今、外、雨降ってるよ?』
「屋根あるから多少の雨は大丈夫だよ。それに私は明日も仕事。早く寝たいんだよ」
彼は、沈黙した。
私に翻意させるのをあきらめたらしい。
が、やはり重い。
私は鞄の二本の柄をそれぞれの手に持って、よろよろとしながら外へ引っ張り出した。
元の位置へ置くと「それじゃあね」と私は背中向けてドアを閉め、鍵を閉めた。
やれやれ。
あとは何もなかったふりして過ごして、明日やってくる管理人さんに任せてしまおう。
私はシャワーを浴びたあと、スマホで返信のあったヒロミとメッセージの短いやり取りをしてベッドに潜った。
彼女には、あの鞄のことを書かなかった。
あいつと別れたことは伝えたが、部屋の外に出した今となっては、もはや些細なことである。
そのはずだった。
電灯をつけて寝てしまったせいか、また途中で目覚めてしまう。
ついでに乾いた喉を癒すために、寝ぼけながら起き上がり冷蔵庫に手を伸ばした。適当にジュースのパックに口をつける。
すると、いきなりドアをノックする固い音がして思わず吹き出した。
机の置き時計を見ると、夜中の零時を大きく回っている。
こんな夜中に隣人が、あの鞄を見て置き忘れていると知らせてきたのだろうか。
が、こんな夜中によく知らない相手のためにドアを開けるのもどうか。
最近一人暮らしの女性がアパートで深夜に襲われる事件が、県内でもよく起きているのだ。
となれば、もう寝ているふりをするにかぎる。
私はジュースを戻してそっと冷蔵庫の扉を閉めると、物音を立てないようにしてベッドに戻った。
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