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好きだなぁと思って。
笑いながら受け止めて貰えてホッとした。
だけど、それは野瀬が冗談なのを一ミリも疑わないからなのだ。
野瀬と月子の間に、本気かと少しも疑う何かが無いから。
胸が痛いと思いながら、それでも月子は笑顔を崩さなかった。
「野瀬さんは、お店お正月お休みですよね?」
「うん、六日から開けようかなぁ、月子ちゃんは?」
「私は一応4日から……何かあれば呼び出されるかもですけどねぇ」
年末まであと少し、多分またしばらく野瀬の顔は見られないだろう。
「……ちょっと御手洗を……」
「うん、そこの奥だよ」
テーブルに手をついて立ち上がった。
「……ぁ」
途端にぐるんと目が回った。
まだ、お酒のキャパは全然あるはずなのに。
慌ててテーブルに手をつき直した。
「おっ、と大丈夫?」
野瀬はすぐに立ち上がると、月子の側までテーブルを回り肩を支えてくれた。
「へへ、すみません……ちょっと酔ったかなぁ」
「んー、疲れてるとまわりがはやいからね」
よっ、と小さな声と共に野瀬が月子を抱きげた。
「えっ」
「まずトイレ。動いちゃだめだよ、オジサンの腰を労わってじっとしてて」
そんな事を言いながら、野瀬はそう身体を揺らす事無く歩く。
「お、重いですからっ、や、やめてぇっ」
「ははっ、何その声」
よいしょ、とトイレの前におろしてくれた野瀬が、月子から離れていく。
「お酒をさげて、ジュース用意しとくよ、今日はもう打ち止めね」
そのままキッチンのあるだろう部屋に入る後ろ姿を見ていた。
気持ち悪くなったら言いなよーとのんびりした声がして、冷蔵庫を開ける音が続いた。
月子はトイレに逃げ込んでしばらく動けずに目を閉じた。
抱き上げられた時に感じた、柔軟剤の香りと消えかけの香水の香り。
きっと、夜の野瀬を早めに切り上げて、月子との時間を作ってくれたのだ。
気持ち悪いと甘えたら、このままずっと傍にいてくれるだろうか。
そんな出来もしない事を考えて泣き笑いを浮かべる。
例えばこの先、野瀬の恋愛対象に入れなくても。
野瀬が月子の前から姿を消すその日まで。
きっと逢いに来るのをやめられないだろう。
さっき褒めてくれた仕事も、きっとやめられない。
野瀬の存在が、月子の今を支えているのだ。
「大丈夫??吐いてない?」
扉の向こうで優しい声がする。
本当の野瀬は今と夜、どちらだろう。
「今いきます!大丈夫!」
そんな事、どちらでも構わない。
野瀬が月子に見せているこれが全てだ。
たとえこれが野瀬にとって恋じゃなくても。
見つめて、微笑んで、弱ればこうして抱き上げてくれる。
「お待たせしましたーっ、食べましょう!」
ドアを開けたら、待っていた野瀬が少し驚いた顔をして。
「ふふ、元気だねぇ」
と少し呆れた微笑みを浮かべた。
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