温かい食事

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あの辺の、あの辺りですと伝えた月子の部屋まで、タクシーはスムーズに走った。 野瀬の店から月子の会社を挟んで、会社から五駅分の距離だった。 ゆっくりタクシーが止まる。 先に降りた野瀬が月子がおりるのを待ってくれた。 「今度は車を用意しとかなきゃねぇ、バイクでもいいけど」 野瀬がを口にしてくれた。 「……ありがとうございました」 住宅街の深夜。 タクシーのエンジン音だけだ。 「……月子ちゃんの会社から、僕の店の方が近いんだね」 「そうですね、家賃と相談するとそうなるんですよねぇ」 住み心地はいいですよ?静かで。 そう答えた月子に、野瀬が少し考える顔をした。 「遅くなる日は、僕の店に泊まる?」 「え?」 「いやだって、女の子が真夜中にこんな道を帰るの危ないよ?」 子供に話しかけるそれに、月子が苦く笑う。 「ふふ、大丈夫ですよー」 「いやいや、駄目だよ、ボク夜は自分の家に戻るし、あそこ使っていいよ」 どこまで優しいのだろう。 店の何かを盗まれでもしたらどうするのだ。 でも、そう言ってくれたのが嬉しい。 それだけ月子を信用してくれていると言う事だから。 じゃあ、どうしてもの時はお願いしますと返事をして。 グイグイ押し付けようとしたタクシー代を、肩を揺らして受け取らなかった野瀬がゆっくり休むんだよ、と微笑んで。 タクシーに乗り込み、ガラスの向こうでじゃあねと言う風に指先を振って走り去るのを見送った。 エンジン音が消えたら、野瀬の気配は綺麗になくなってしまった。 楽しい時間は終わったのだ。 「楽しかったなぁ……」 微笑みながら部屋の鍵を開けて、暗い部屋に明かりをつけた。 今日野瀬に会わなければ、もうベッドに潜り込んで寝ていただろう。 去年とは確かに違うクリスマスだった。 ……でも、どっちが幸せだったのだろう。 楽しく会話していても、野瀬がいくら優しい言葉をかけてくれても。 今でも野瀬は奥さんのものだ。 楽しければ楽しいほど、こうなる事を分かっていた。 愛した人が居て、その人が亡くなったとしても。 野瀬は優しい顔をして、奥さんなら月子に優しくする事を許すだろうと言った。 許されないと思う事を、きっと今でもしないのだろう。 分かっている。 知らない事が多すぎる。 野瀬は自分を女として見ていない。 いまでも、野瀬は奥さんを愛しているのだと思う。 それが全て想像できるのに、感じているのに。 「っ、……楽しかった……」 部屋の空気は嗅ぎなれたもので、それが余計に現実を連れてきた。 かじかんだ指先を握って涙を堪える。 泣いたら楽しかった時間が、消えてしまう気がした。 それでも、強烈に感じる寂しさは、冷えた部屋の空気と一緒に月子を包んで離してくれなかった。
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