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このままスーパーのバイトで終わってしまうのだろうかという不安が、彼の心を侵食しつつあった。
そんな状況のはじめの元に届いた不思議な本は、彼に何かの暗示を感じさせた。
無差別に送られるダイレクトメールといっても、何らかの名簿やリストに基いているのだとしたら、無名の作家をターゲットに送付されたのかもしれない。
本の白紙は彼の行き詰まった状態を表しているのではなく、手紙にあるように未来と可能性を示唆しているのだとしたら……。
はじめは、まるで自分の苦境を知る何者かが救いの手を差し伸ばしてきたように感じた。
そんな安易な妄想を振り払うため、彼はダイレクトメールの封筒を今一度見た。
料金後納郵便なので、消印はない。
何も手掛かりはないとあきらめかけたはじめは、ふと手紙を読み返してみて、末尾に小さい文字で「※よろしければ、あなたの作品をこの本に書いて、同封の封筒で返送してください」と書いてあることに気付いた。
虫眼鏡が要るくらい小さい文字で、見落としそうになったのだが、作品を書いて返送するという肝要なことをなぜこんな小さな文字で書くのかとはじめは不審に思った。
封筒?と言われて探すと、ダイレクトメールの封筒の内側に、半ば貼り付いている返信用封筒があった。
そこに印刷された送り先は…。
「宗谷岬郵便局留め 私書箱○○ 運命」
はじめは呆れかえった。宗谷岬って、最北端の地ではないか。しかも私書箱。
「運命」の正体を探ろうとしても、無駄だということか。しかしこんなに謎に雁字搦めにされたら、手も足も出ない。
ただ「運命」の指示に従うしかないような気がした。
まさか「貴方の作品を出版することになったので、その費用を一部負担していただきます」とかいうことになるのではないだろうなと、はじめは少々警戒したが、それなら断固断ればいいのだし、強要するようなら訴えればいい。
それに、試みにほんの2,3ページ書いただけで送れば、出版の話はまずないだろう。
と考えて、はじめはその通りにした。
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