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「運命」からのダイレクトメール
片瀬はじめはいつも通り、帰宅した時マンションの集合ポストから自分宛ての郵便物を取り出した。
中には宣伝のはがきやダイレクトメールも混じっていて、特に重要なものはないようだった。
彼は郵便物を部屋のテーブルの上に放り出し、バイト先のスーパーで半額で買った弁当を食べながら、内容をあらためた。
ダイレクトメールの封筒を手に取ったはじめは、食事を中断してその封筒に注意を向けた、
「何だ、これは!?」
一見ありふれた白い封筒で、宛て名は彼の名前になっているが、裏を見ると差出人はただ単に「運命」となっていた。
何かの悪戯の類かとはじめは怪訝に思ったが、中に入っているのは紙のようで、特に開封して危険という物でもなさそうなので、好奇心に促されるまま封を切った。
中に入っていたのは、1冊の本と手紙だった。
本は文庫本よりやや大きい新書判サイズで、表紙は真っ白でのっぺらぼうという感じだった。
本の中を見ると、百ページほどのページすべてが白紙で、どこを見ても文字ひとつ書かれていなかった。
「これは、一体……」
はじめは目の前に謎の物体として屹立したその本に対して、疑問と好奇心の塊となった。
同封されている手紙に何か手掛かりがあるかと、はじめは読んでみた。
「おめでとうございます。この本を受け取った貴方は、幸運です。この本は御覧のように白紙ですが、それは未来と可能性の表徴です。
貴方の手によってこの本に文字、文章が書かれていくと、本は生命を吹きこまれて成長していきます。そして作品が完成した時、この本は貴方にとって運命の一冊となるでしょう」
はじめは狐につままれたような心境だった。
この手紙の「貴方」とは、文章を書く人間、即ち作家等を指している。
はじめは作家だった。10年前、弱冠18歳で文学新人賞をとってデビューした。
しかし、その後大学に進学して勉強などに忙しく小説を書く時間があまりとれず、書いても評価されないということが続いた。
小説を書くのは趣味のようなもので、賞をとってもそれは勲章に過ぎず、作家を生活の手段とすることなど考えていなかった。
大学を卒業して一般の会社に就職したが、仕事が向いていなかったのか心身共に疲弊して、はじめはその会社を辞めることになった。
半年ほど心療内科に通院し、どうにか社会復帰をしたが、生活費を稼ぐためのバイトを転々とする日々だった。
彼は、自分が世間一般から少しずれているということに気付いた。
それは線1本の差だとしても、二次元と三次元くらいの違いがあった。
そして自己探求の結果、はじめは創作こそが自分の存在の軸になるのだと発見した。
彼の作品は、現実から少し離脱した幻想・ファンタジー寄りの作風だったが、それこそがはじめの人生における立ち位置ではないか。
そう結論付けると、彼は創作を自分の生活の核に据えて書くことに没頭した。
生活費はスーパーの品出しのバイトで賄ったが、創作が中心の生活であればバイトの稼ぎで充分足りた。
しかし彼の創作意欲と作品への評価は、比例しなかった。
書いても書いても空回りし、積み重なる反古作品の堆積に埋もれそうになった。
それは単なるスランプなのか、元々の才能の欠如なのか、はじめにはわからない、というより、それを追究することを避けた。
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