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私の第一印象は悪くないほうだと思う。
だからこそ相手から話しかけてもらえて、優しくしてもらえる。
でもそれは期待を裏切らずに、いつだって最初だけ。
「野村詩織って、字書けないらしいよ」
「……まじ!?」
高校に入学して三日であっさりと秘密がばれた。
こそこそと話し出すクラスメートを見て、私はため息をつくしかない。
いつの間にか私のとった国語のノートがクラスのみんなに回されていた。
「もはや、ひらがなでもないわ」
「……おえかき、かな?」
くすくすと笑われて指をさされる日に変わる。
私は学習障害がある。
学習障害には三つの分類があり、簡単に言えば、
①ひらがなの音読が遅く読み間違える読字障害、
②バランスのとれた文字を書くことが難しい書字障害、
③数の概念が身につかず、計算を取得することや文章題を解くのが難しい算数障害があり、私は②になる。
放課後、私がお手洗いに行き教室に戻ると、ぼろぼろになった私の国語のノートが机にあった。
ノートの中を開いてすぐ、勢いよくゴミ箱に捨ててしまったのは、心にもない悪口が二、三ページにわたり大きく書かれていたから。
「また、か」
まだ新品に近かったのになとため息をつき、これからこのクラスで心穏やかに過ごすのは無謀なんだなと理解した。
次の日。
ホームルームで担任の真淵先生からの指示で、このクラスの学級委員を決めることになった。
「田辺くんだよ、絶対に!」
男子からも女子からも圧倒的に支持のあった田辺梛希くんが別にいいよ的な意味合いでこくりと頷くと、クラスから歓喜の声が上がる。
「た、田辺くんがやるなら、女子は私が!」
「いいや、私が!」
さっきまで人気がなかったのに男子枠が決まったとたんにクラスの私以外の女子が手を上げ、女子枠は波乱して一向に決まらない。
気持ちは分からなくない。田辺くんは肌が綺麗で美しい顔をしているから。……私は真顔で怖いと思っているけど。
「あみだくじでもじゃんけんでもいいから、早く誰にするか決めてくれー」
次の授業が迫り、やる気のない先生の感情が表に漏れた時、田辺くんが静かに立ち上がり、隣にいた私に向かって指をさした。
「野村さんでお願いします」
「……え」
ぽかんとする私。すぐに突き刺さるのは周りからの冷たい目、特に女子からの視線だ。
田辺くんは真っ直ぐ前を向いたままである。
「え、あいつがやるの?」
「ねえ田辺くん、無理じゃないかな。ほら、学級日誌は毎日あるし……野村は字が書けないじゃん」
女子たちからの静かながらも圧のある声が飛び交う。
田辺くんが私のせいで反感を買っちゃうと、はらはらしていると、田辺くんは真顔のままクラスの子を見回して
「じゃあ俺は、やらない」
と言ってすとんと席に座った。次は男子の声が上がる。
「は、何言ってんの、梛希!?」
「学級委員の男子は運動もできて頭のいいお前しかいないって!」
「……そう言って俺に責任押し付けてるだけだろ? 自分がやりたくないからって」
田辺くんの言葉でクラスがしんとなった。
「野村さんがやらないなら、俺は、やらない」
田辺くんが言い切った時、クラスがざわざわとどよめいた。
私がはらはらしていると、クラスの空気を読まない真淵先生はふああと欠伸して
「じゃあ野村、頼んだぞ」
と言って教室を出て行った。
唖然とする私に、田辺くんは真顔のまま軽くお辞儀をした。
「よろしく」
「え、はい……」
思わず返事をした私に、田辺くんはにこりとした。
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