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図書室の倉庫は人が来ないし、落ち着いて悩みをノートに記入できる場所がある。
図書室の倉庫の机の上に置きざりのノート。放課後は誰かが悩みを書き、私は早朝にノートを見に行き、回答しておく。
アメリカに旅立つ前に、田辺くんに聞いたルールだ。
がちゃりと扉を開けると、本棚が並ぶ隅のほうに一人席がある。
席に着き、私は置いてあった相談ノートを開いた。一ページ目には、
<このノートの秘密を解き明かせば、あなたの悩みも解決します>
と書いてあった。
「え?」
謎の言葉だったが、とりあえず田辺くんの悩み相談を辿って最後に書かれたページを見る。
『好きな人がいます。思いを伝えるべきですか?』
ノートを半分使ったページの先に、回答のない悩み相談があった。
相談ノートには一週間、田辺くんの代わりに私が引き継ぐことが書かれている。
間違いなく私あてのお悩み相談。
頼ってくれる人がいるのが信じられないと私はノートを見つめて固まる。
しかも、恋愛の相談。
「私、恋愛とかしたことないけど、大丈夫かな……」
用意していたボールペンを手に持ったはいいけど、なんて書いたらいいのか迷う。そもそも文字に起こせるかも不安である。
とりあえず……今の私に何ができるか考えてみることにした。
「恋愛はしたことないけど、好きな人くらいはできたことあるはず」
思い返してみる。
でも何の過去も思い出せないまま、何故か田辺くんの顔が頭に浮かぶ。
「田辺くんならなんて書くかな?」
ちょっと顔を緩ませてしまったけど、私は真剣にノートに向き合う。
相談は相手の感情をよく考えて、自分ではなく相手の立場を考える。
短いながらも文章は固まった。
……でも、ここからである。
文字に起こさなければならない。
書こうとすると文字がところどころ反転してしまい、正しい文字が書けない。
文字が書けても形が崩れている。
何度も何度も消しゴムで消した。
あきらめなかった。
だって田辺くんは言っていた。
『俺は書字障害と真剣に向き合っている、野村さんが好きなの』
つまりそれは真剣に向き合っている私なら一緒にいてくれるという意味だと思うから。
形の崩れた文字を消して自分なりに整えていく。
何度も試して完成した文字は決して綺麗な字と呼べない。
でも。
→迷うならその人ともっと話をしてみませんか? 結論を焦らずに時間をかけて。
「これで……よし」
精一杯記入して、ノートを閉じた。
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