エニグマティック・クラスジャーナル

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『ありがとうございました。結果は焦らないという言葉を忘れていました。その人はすぐに私のそばから離れていくわけではないし、これからもその人との会話を大切にしてすこし時間をかけてみます』  次の日、図書室の倉庫で私は開いたノートを天井に掲げるようにして眺めていた。 「……うまくいってる?」  田辺くんのようにやれているとは、おこがましくて言えないけど。    上の子の悩み相談。  一行開けた下に新しい文章が書いてあった。 『このノートに好きな人の相談をしてみようと思ったけど、俺の好きな人は上の人みたいです。字が多分そうで』 「ん?」  私は上げていた手をおろして、ノートを机に置いて目を思わず少し近づけてしまう。上の子、つまり昨日相談してくれた子は一つ一つ小さいながらも筆圧が強く丸みをおびた字である。 『もし上の子の相談が俺のことなら嬉しい。たくさん会話してくれようとする子とどうしたらもっと仲良くなれますか?』  私は思わず頬を緩ましてしまう。 「かわいい」  昨日と同様に私は文章を考え、時間をかけて何度も消しゴムで書き直した文章を完成させ、ノートを閉じる。 →そのままのあなたでいればいいと思う。  次の日の悩み相談。 『一昨日このノートに相談させてもらった者ですが、なんか昨日の悩み相談で私の好きな人らしき人がなんか凄いこと言っているんですが、どどどどうしたらいいでしょうか!? これは彼の字みたいだし!!』  私はノートを読んでいて笑いを堪えきれなくなる。 「もう二人で話し合いなよ」  単に嫌いだからというわけではなくて、この相談にもう文章で答える必要はないと思った。  だから男の子と女の子の絵を必死に書いて、上に相合傘をつけておいた。  ーー次の日の朝。  私の書いた相合傘にいる男の子と女の子に吹き出しがついていた。 『野村さん、ありがと』 『付き合いました、ありがと』  こういうので悩み相談になるのか。 →お幸せに。  いびつな文字になってしまったけど、必死に返答した。  ーーそれからいろいろな悩みに答えていく。  学業のこと。  人間関係のこと。  進路のこと。  家庭のこと。  恋愛のこと。  一日に一人という状況がなくなり、田辺くんの一日に受けていた相談人数、八人から十人という数に到達することもあった。  みんながたくさんのことに悩み、向き合おうとしている。  ……私は字が書けない。  書こうとするとところどころぐわりと反転して船酔いみたいな感覚になってしまうこともある。  だからこの相談ノートを書くためだけに、何時間も練習した。  文字は一向にうまくならない。  でも、不思議だけど、難しい道でいいと思えてきた。  文字を書くことで人に自分の言葉を届けられるのが、今はとても嬉しいから。  心を込めて、これからも懲りずに練習していきたい。  ーー明日、田辺くんが帰ってくる。  朝、図書室の倉庫でノートを広げる。 『前に野村の国語のノートに悪口書いた者です。ごめん。傷つけて、本当にごめん。どうしたら許してもらえる?』  私は思わず目を丸めてしまう。  封印していた過去が一気に蘇る。  でも、大丈夫と思った。  だから、すぐにボールペンを走らせる。  →これから先、普通に話しかけてくれるなら、私はそれでいい。  ーーノートにだったら言えない感情も伝えられることがある。  相手の気持ちに応えられるように、相談ノートを毎日最初から見返すことを習慣にしていた。  そして今日、私はようやく気付いた。 <このノートの秘密を解き明かせば、あなたの悩みも解決します>  ノートの秘密に。一番最初のページを見て。 「明日、聞いてみよう。……田辺くんに」  私は開いていたノートをそっと閉じた。
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