エニグマティック・クラスジャーナル

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 次の日の朝。  図書室の倉庫には、すでに田辺くんがいた。 「久しぶり」  田辺くんは椅子には座らずに、軽く手を上げた。  真顔の田辺くんを見た瞬間に、一週間前に感じた安心感が溢れ出す。   「……久しぶり」  田辺くんはすでにノートを手にしていた。 「ありがとね」  田辺くんはすぐに私の手を見つめる。 「手、大丈夫? まめできてるな」 「あー、慣れない字を書きすぎちゃって」 「痛そう」 「初めて文字を書く意味を知った。田辺くんが私に託してくれたからこそできたことだと思う。……一週間楽しかったよ」  田辺くんはノートを差し出す。 「エニグマティック・クラスジャーナルの秘密、分かった?」  田辺くんが微笑んだ時、私は静かに頷く。   「昨日気づいた。ノートの一番最初のページを見て、エニグマティック・クラスジャーナルができる前に破られたページがあるって。田辺くんがうまくちぎったんだね」 「……はがせるよ」  私は差し出されたノートを手にして、黙ったまま、ノートの表紙に貼られた大量のシールを一つ一つ静かにはがしていく。  見えてくる元のノート。  これはいつかに私が勢いよくゴミ箱に捨てた、私の国語ノートだ。 「……なんで拾ったの?」 「野村さんはいらなさそうだったから、ゴミ箱から回収した」 「なんで捨てなかったの?」 「悪口の書かれたページは捨てたよ? でもあとは野村さんの大切なノートだから。国語ノートは悪口を書かれてひどい目にあったけど、今は必要とされるノートになったわけだ。ノートが変わって野村さんも変われたよね?」  私は思わず微笑む。  この人には、かなわないと思って。 「本当に田辺くんは学級委員に向いてる」 「学級委員に向いている俺が野村さんを学級委員に推薦した。俺のこと信じてくれるならもっと自分に自信を持て」 「はい」 「俺がこのノートで守りたかったのはクラスのみんなじゃない。野村さんただ一人だよ」  私は思わず黙り込んでしまう。  ……ああ、まただ。  何でこの人は、こんなにも優しいのだろうか?  私はいつだって受けた恩を田辺くんに返せない。  ……でも。 「一言いいですか?」 「なに?」 「……大好きです田辺くん、もうどこにも行かないで」   エニグマティック・クラスジャーナルは私にとって、運命の一冊。 「俺も野村さんが大好き。ずっとそばにいる」  田辺くんの腕の中で、私は運命に手を伸ばしながら静かに泣いてしまった。それでも離さないように、私はぎゅっと田辺くんを抱きしめ返した。
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