運命の一冊だと!?

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運命の一冊だと!?

 それから俺は日夜レクスの動向を追った。朝からレクス情報の収集に神経を尖らせて、放課後は同じ寮生であるので、彼の行動範囲内をさりげなく行き来する。  あくまでさりげなく…あ、まずい。今ふいに振り返ったあいつに尾行を勘付かれそうだった。  いや、勘付かれるも何も。俺は同じ寮に暮らす、ただの通りすがりだ。 「よ、よう」  ここ寮の談話室で声を掛けたら、友好的な微笑みで返された。男相手にもこうなんだよな。  この時、彼の足元でバサッと渇いた音が立ち、とっさにその落下物を拾ったら、それは厚さ3センチほどの冊子だった。 「ありがとう」  差し出された掌に手渡しながら、その剥げた表紙に記される題名を目に入れた。『ヴァウテルの新説』? 「それ、ボロボロだな」  レクスがそれほどに愛読してる本ってことか? 装丁は薄く雑な作りだが…。 「これは、僕にとって<運命の一冊>なんだ」 「運命?」  そんな粗末な冊子が?  茶化しているわけではなさそうだ。それを見つめる彼の瞳が、光を浴びた朝露のごとく煌めいている。 「僕の()()()な人生に肩入れしてくれた、希少(レア)な一冊でさ。ついクセで持ち運んでしまうんだよ」  彼は間もなく自室に戻っていったが、俺はひとり残されたここで会話を振り返り直感した。  あれにレクスの豊富な知識、底なしの集中力、冴え渡る洞察力…ひっくるめた潜在能力のヒントがある!  そうに違いない。  よし。あれを密かに一時拝借しよう。 ─真っ向から頼んで見せてもらえばいいのでは?  俺の中の天使はそう囁くが、 ─積もり積もった劣等感を彼に見透かされるのが怖いんだよ。  俺の中の悪魔はかくも正直だ。    俺は禁断の兵法、≪レクスのルームメイトを学食の食券で買収≫に着手した。   「これだ」  俺の元に渡った冊子が、この手にズシリと重い。  …あくまで一時借りるだけだ。中身を確認したら早急に返却するから。  唾を一飲みし、恐る恐るページをめくる。 「なんだこれ」  見開き一面が鈍色に見えるほど、細かい文字でびっしり埋め尽くされている。 「哲学、政治学、こっちは法心理学?」  多岐にわたる分野での論説が(ひし)めく。  どうやら俺は思想の宝石箱を開けてしまった。  この冊子を読み進めた時、新しい真理を得られるに違いない。そんな予感で肌が粟立つ。  そして最後まで読み解いたなら俺も、世界のあらゆる(ことわり)を脳裡に完備し、フルマーク答案の海に溺れることが可能なんだ!
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