10人が本棚に入れています
本棚に追加
運命の一冊だと!?
それから俺は日夜レクスの動向を追った。朝からレクス情報の収集に神経を尖らせて、放課後は同じ寮生であるので、彼の行動範囲内をさりげなく行き来する。
あくまでさりげなく…あ、まずい。今ふいに振り返ったあいつに尾行を勘付かれそうだった。
いや、勘付かれるも何も。俺は同じ寮に暮らす、ただの通りすがりだ。
「よ、よう」
ここ寮の談話室で声を掛けたら、友好的な微笑みで返された。男相手にもこうなんだよな。
この時、彼の足元でバサッと渇いた音が立ち、とっさにその落下物を拾ったら、それは厚さ3センチほどの冊子だった。
「ありがとう」
差し出された掌に手渡しながら、その剥げた表紙に記される題名を目に入れた。『ヴァウテルの新説』?
「それ、ボロボロだな」
レクスがそれほどに愛読してる本ってことか? 装丁は薄く雑な作りだが…。
「これは、僕にとって<運命の一冊>なんだ」
「運命?」
そんな粗末な冊子が?
茶化しているわけではなさそうだ。それを見つめる彼の瞳が、光を浴びた朝露のごとく煌めいている。
「僕の仕合せな人生に肩入れしてくれた、希少な一冊でさ。ついクセで持ち運んでしまうんだよ」
彼は間もなく自室に戻っていったが、俺はひとり残されたここで会話を振り返り直感した。
あれにレクスの豊富な知識、底なしの集中力、冴え渡る洞察力…ひっくるめた潜在能力のヒントがある!
そうに違いない。
よし。あれを密かに一時拝借しよう。
─真っ向から頼んで見せてもらえばいいのでは?
俺の中の天使はそう囁くが、
─積もり積もった劣等感を彼に見透かされるのが怖いんだよ。
俺の中の悪魔はかくも正直だ。
俺は禁断の兵法、≪レクスのルームメイトを学食の食券で買収≫に着手した。
「これだ」
俺の元に渡った冊子が、この手にズシリと重い。
…あくまで一時借りるだけだ。中身を確認したら早急に返却するから。
唾を一飲みし、恐る恐るページをめくる。
「なんだこれ」
見開き一面が鈍色に見えるほど、細かい文字でびっしり埋め尽くされている。
「哲学、政治学、こっちは法心理学?」
多岐にわたる分野での論説が犇めく。
どうやら俺は思想の宝石箱を開けてしまった。
この冊子を読み進めた時、新しい真理を得られるに違いない。そんな予感で肌が粟立つ。
そして最後まで読み解いたなら俺も、世界のあらゆる理を脳裡に完備し、フルマーク答案の海に溺れることが可能なんだ!
最初のコメントを投稿しよう!