その心、咲かせましょう

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 左には紫色の房状の花をつけたハーデンベルギア、右には球状に小さな黄色の花が集まるゼラニウム。どちらを見ても美しい光景に青年は頬を緩ませながらレンガでできた道を歩く。音もなく静かに足を進める彼を歓迎するかの如く、花たちは左右に揺れた。  ガゼボに足を踏み入れる一歩手前で一際強い風が吹き、白いマントのフードが外れる。中から顔を出した漆黒の長い髪がふわりと舞った。 「嗚呼、忘れていた」  手首に巻いた布を外す。それから細い指を器用に使い、髪を纏めると首元で軽く布で結い上げた。白いドーム状のガゼボにあるベンチに腰掛けようとした時、一冊の本が目に留まる。 「姉さんのものかな」  ベンチに置かれた本を手に取って表紙を見るもタイトルも著者名も書かれていない。姉には悪いと思いながらも好奇心に負け、中身を拝見する。そこには赤い薔薇の絵が描かれていた。次のページを捲ると黄色の菊の絵。その後もペラペラと先を眺めても全て花の絵が描かれているだけだった。 「ツヴァイ、何を」  後ろから掛けられた声は不自然に止まる。振り返れば、姉のアインスが僅かに翡翠色の瞳を見開いていた。流石に無断で私物を見てしまったのは悪かったと思い、謝ろうとした時。 「懐かしいわね」  アインスの白い指が褐色の指から本を抜き出す。何も書かれていない表紙を何処か懐かしげに目を細めて見つめる様子にツヴァイは首を傾げた。 「大事なものなのですか」 「ええ」  本を大事そうに両手で抱えてアインスは天を仰ぐ。何処までも青い空を視界いっぱいに映しながら、彼女はこの本との出会いに思いを馳せた。
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