その心、咲かせましょう

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  ***  一面に黒百合が咲き誇る庭園に佇む黒い服を身に纏う女性。地面すらも黒く染まった場所では彼女の白い肌と長い白銀の髪が異様に浮いて見える。  此処は時の狭間と呼ばれている。どの世界とも繋がれるが、どの世界にも属さない不思議な空間。黒百合に黒い地面、全てが黒で支配された場所と思いきや、空だけは青い。虚ろな翡翠色の双眸が天を見上げていると、カツカツと地面を叩く音がした。 「ようやく人を見つけた。お嬢さん、ここはどこなのだろうか?」  ボサボサの茶髪に無精髭を生やした怪しげな男が安堵の笑みを浮かべていた。 「ここは人間が来るべき場ではない」  黒い服の女──アインスは抑揚のない声で諭した。どの世界とも繋がれてしまう時の狭間には、時折男のような迷い人が訪れる。しかし、此処は人が住むべき地ではない。この地では時間の流れが他の世界とは異なっており、どの世界のどの時間軸とも繋がれる以上、時の概念すら曖昧なのだ。  人間が長居すれば、元の世界に戻った時にどれほどの時間が経過しているのか計り知れない。どの時間軸とも繋がれるといっても好き勝手に繋げられるものではないのだ。その上、数多ある世界の内、何処の世界の住人かを特定するのも難しい。  ならば、どうすれば元の世界に返せるのか。その方法はただ一つ。人間にこの地から去りたいと思わせることだ。行きは偶然迷い込むのに、帰りは本人の意思次第というのは難儀なものではあるが。 「ん? お嬢さんは人じゃないのかい」 「違う。私は心を食べる人形」  男は怯えるのではなく、ボサボサの頭を掻いて困ったように眉を下げる。アインスは憶測とは違う反応に内心戸惑った。今までの迷い人たちは心を食べると言えば、怯えて此処から去ろうとしてくれたのに何故この男は恐怖を抱かないのか。
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