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「人形か。通りで美しいお嬢さんなわけだ。名前はあるのかい。僕はネロ」
次なる手を打たねばならないのに良い案が浮かばない。アインスは人の心を食べるが、人の心を全く理解できないのだ。只々無言で見つめ合うだけの時間が過ぎていく。
「もしかしてここは死後の世界かい」
名乗らないアインスを追求することなくネロは次の問いを掛けた。
「違う。時の狭間、何処の世界にも属さない場所。あなたは死人?」
「いや、死んだ覚えはないんだけどね。真っ黒な場所だから死後の世界かなって」
アインスは周りを見渡した。目に映るのは黒百合ばかりで、確かにディーの言う通り真っ黒な場所である。立ったまま向かい合って話を続ける光景は奇妙ではあるが、椅子の一つもない以上地べたに座り込むよりはマシであろう。
「でも黒百合も綺麗だよね。お嬢さんは花が好きなのかい」
「別に。気が付いたら咲いていただけ」
黒百合はアインスが此処に生まれた時には既に咲いていたのだ。他には何もないが、人の心以外食べる必要のない彼女は何もなくても困らない。黒百合も邪魔ではないから放っておいているだけである。
アインスから声を掛けることなく光のない目でネロを射抜いていると、彼は手を叩き背にある風呂敷を下ろした。結び目を解いて中から一冊の本を取り出す。
「これにいっぱい花が載っているからお嬢さんの好きなもの咲かせたらどうだい」
手渡された本をペラペラと捲ると色とりどりの花の写真が載っていた。黒百合自体アインスの意思で咲かせたものでもないのに、好きになど咲かせる術などありはしない。無言でネロに本を突き返して、彼女は別の世界へと飛んだ。
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