その心、咲かせましょう

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「初めにお嬢さんは死人かって聞いたよね。多分そうだと思う」  足の力が抜けて座り込む。初めから死人なら話は違ってくるのだ。元の世界に戻ることなく、未練を忘れれば時の狭間からも消える、いや成仏する。ここまで来て前提すら間違っていたことに不思議と憤りは感じなかった。 「僕は肺を患っていてね、けどここにきてからは不自然なほど健康体だったんだ。だから多分、僕はもう死んでるんだと思う」 「貴方の未練は何ですか」 「未練……未練か。うーん、一人ぼっちのお嬢さんを置いていくのは忍びないなって」  嗚呼、そうだ。いつからだろうか、ネロがおかえりと出迎えくれるのが当たり前のように思い始めたのは。言葉さえまともに交わすのを避けてはいたのに、ネロが此処にいることをほんの少し期待するようになったのはいつからだろうか。 「でもずっとここにいるのはダメなんだよね」  アインスの頬にネロの手が触れる。温かさは感じない。彼の手も、彼女の頬もどちらも冷たかった。 「ごめん、消えるならお嬢さんの心に触れなければ良かったね」  目尻を下げて謝るネロの姿がぼやけて見える。頬を伝う冷たいものが地面に落ちた。雨でもないのに地面が濡れたことで、これが涙だと悟る。悲しいのか、ネロが消えることが、再び一人ぼっちになることが、悲しいというのか。 「それでも貴方に会えて良かった」  嗚咽混じりの声はお世辞にも綺麗とは言えない。 「お嬢さん、名前はあるのかい」 「アインス」  名を告げた途端に頬から冷たい手の感覚が消えた。アインスは只々泣き叫び続ける。地面にはネロがいた証とでもいうかのように一冊の本が残されていた。
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