天使の梯子

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*  天使曰く、天界に悪魔が攻めてきた。  何の前触れもなく、天界に穴が開き、そこから大量の悪魔の群れが侵入してきた。  天使達は成す術もなく逃げ惑い、悪魔の手で殺されていった。  渦中、仲間の天使に守られるようにして、天使は下界へ逃がされた。  「僕の仲間が死んでいく」  使用人の埋葬が終わり、墓石に祈りを終えた天使が天を仰いで呟いた。  埋葬日だけが刻まれた簡素な墓石は、目前の天使が落ちてきた際、男が巨石から削って自作したものだ。  男はシャベルを杖のように持ちながら、傍らで空を眺む天使を見る。  今日も粉雪が舞っていた。  天使は死ぬと灰になるらしい。  目前の天使が落ちて来てから数日、灰のような雪は未だ止むこともなく降り続いている。  天使は仲間の死を悼み、男の「仕事場」で今日も祈りを捧げている。  「良ければ、この地に眠る他の大勢の者達にも、冥福を祈ってやってはくれまいか」  空へ祈る天使に、男は珍しく声をかけた。  男の「仕事」は、実家から送られてくる「箱」の処分だ。  「箱」の中には、実父達にとって都合の悪い者が無惨な姿で詰め込まれている。  男は箱に眠る彼らの死を悼み、送られる度、この地に墓を築いた。  それは死体処理が目的の実父達への、男の生涯を懸けた唯一の抵抗でもあった。  男が初めてこの「仕事場」である私有地へ足を踏み入れた時、それこそ、ここは地獄を彷彿とさせるものだった。  「前任者」が死んで久しく、管理者となる者が不在の中、それでも送られる「箱」の山に、辺りは悪臭に包まれ腹を空かせた腐肉食動物の餌場と化していた。  男は着いてきてくれた唯一の使用人と共に、彼らを丁重に弔った。  天使の梯子を見たのはその時で、使用人は長年の苦労が報われたかのように涙していた。  その光景を、男は今も鮮明に覚えている。  「ここにいる者達は、貴方が危惧するほど浮かばれない魂ばかりではないようです。それは貴方がこうして心を砕き、日々、彼らの為に祈りを捧げているからでしょう。彼らの無念は、幾何(いくばく)もそれで救われていますよ」  天使の言葉に、そうであれば良いと思った。  男は「箱」の中身の生き様を知らない。  「箱」の被害者が、必ず酌量に足る善人であるとは限らない。中には、男の実家に引けを取らないほどの悪人がいるのかもしれない。  それでも、男は願った。  「僕が天へ帰る時、彼らも共に連れて行きます。どのみち、彼らの協力なしで、僕は一人、天へ戻ることすら出来ないのですから」  「……ありがとう」  男は天使に感謝した。  天使が再び天へ帰る為には、もう一度あの薄明光線が必要になる。  あれは地上から行ける、天界への唯一の入口なのだ。  翼のない天使が天へ昇るたった一つの手段。  それは、煙だ。  「彼らなら、きっと僕を運んでくれる。彼らの煙で、僕は天へ帰るんだ」  魂の身体(うつわ)は燃えて灰へ変わる時、魂を運ぶ煙となる。  「うつわ」の心が清ければ清いほど、その煙は天界と下界を繋ぐ橋となる。  その煙に乗って、天使は天へと帰るのだ。  男は、天使と約束をした。  もう一度あの薄明がこの山を照らす時、天使を帰す為、男はこの私有地に火をつける。  その業火の炎が、全てに終焉を(もたら)すことを、男は(しか)と理解していた。
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