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空の裂け目から一筋、穿つような目映い光が男のいるこの山を突き刺した。
男は作業していた手を止め、眩むような陽差しに目をやった。
“あれは別名、天使の梯子というのです”
男は、数十年もの間自身に仕えてくれていた老年の使用人の言葉を思い出した。
かつて聖典の世を生きた者は、この薄明から天使が空を昇降するのを見たという。
だからこの光線は神聖なもので、見る者に幸運をもたらす吉兆なのだと彼は教えてくれた。
それはこの山に来て、初めて「仕事」をした日のことだった。
彼は昨晩、眠るようにして息を引き取った。
ほんの数時間前のことだ。
空は悼むように雪を降らせ、今もなお薄明に照らされて煌々と冥福の祈りを捧げている。
彼も早く、弔ってやらなければ--
男は止めていた手を動かして、再び巨石を削る為鎚を振る。その時、上空から不自然な影が自身を覆うように被さった。
男は再度、空を見上げた。
逆光で全貌が掴めない。けれど何か黒い影が薄明を辿ってこの山へ、いや、自分のもとに落ちてくる。
それはさながら羽が舞うような軽やかさだった。
影が山の木立を越えた頃、男はようやくその正体を捉えた。
それは、人間だった。
ただ一つ、肩甲骨の辺りから生える不相応に大きな白い翼を除いては。
男は持っていた鎚を下ろし、落ちてくるそれを両の手で受け止めた。
子供のような体躯。人間であれば、10歳くらいであろうか。
白い肌、淡いブロンドの髪は和毛で、同じ色をした長い睫毛は固く伏せられている。
自身の腕に抱かれるそれは、昔実家で見た絵画の天使そのものだ。
眉唾の世界の天使は、どうやら実在したらしい。
男は暫し時が止まったかのように腕の中で眠る天使を眺めていたが、ふと、腕に当たる天使の翼に違和感を覚えた。
片翼が在らぬ方へ折れていた。
この翼が鳥と同じように機能するのであれば、天使が落ちた理由はこれであろう。
いつかに密猟者に撃たれ怪我をした鳥がいたことを、男はふと思い出した。その時は使用人に治療をお願いしたが、自分にも出来るだろうか。家族に疎まれ死人ばかりに触れてきた、この自分に。
天使はまだ目覚めない。
男の足は自然と自身の住む小屋へ向かって行った。
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