一、サバの缶詰め落下事件

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「かのシャーロックホームズは言ったそうだよ。ひとの記憶は空っぽの屋根裏部屋のようなものだってね。そこを要らないもので埋める必要はないのさ。必要なものを必要なだけ、取り出しやすいように整理しておかないといけないんだよ」 「なるほどな」  と頷く。  少年は、ホームズの大ファンなのだろう。それで探偵らしき格好をしているわけだ。コスプレイヤーというやつかもしれない。 「でも、名がないと不便ではないか」  と訊くと少年はひと指し指をほっぺに当てて、ふむと悩んだ。 「それもそうだね。でもさ、ひとの記憶はたったの一ペタバイトしかないんだよ。そうだね。よし、アルファベットを開放しようじゃないか。きみ、ひと文字だけ名乗ってよ。頭文字をボクに教えておくれよ」  おお、これはまた不思議なことを言い出したぞとは思うが、なんとなくその翡翠の瞳には逆らえずに答えてしまった。 「K、だな」 「よし。今日からきみは、Kさんだ」  名を奪われた。  あだ名にしても素っ気ないものである。ただ、満足気にニンマリと微笑む少年を咎める気にはならなかった。 「それでは君は、なんと呼べばいいんだ」
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