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一、サバの缶詰め落下事件
「アンタは優しいね」
前置きなく突然そう言われたら、どう返すべきだろう。ありがとうと言えば良いのか。それともそんなことないぞと謙遜するべきか。返答に悩みながらすこし身構えていた。
なぜならそれを言ってきたのが俺の姉だったからだ。兄弟で互いをほめ合うような間柄ではない。そんなむず痒くなりそうな風習、あいにくウチにはなかったと思う。だとしたら姉は、いったいなにを企んでいるのだろうか。
「アンタは優しいよね?」
とまた訊いてきた。
笑顔が力強く、有無を言わさぬ迫力がある。俺はゴクリと言葉を飲み込み、コクリとうなずいた。
「よかったあ。そうだと思ったよ」
顔だけのぞかせていた姉はニッと笑い、ズカズカと部屋へ乗りこんでくる。Tシャツに短パン。いかにも部屋着でございと言いたげなラフな格好をしていた。長い髪を揺らしつつ、勝手知ったるままに突き進み、ひとのベッドであろうがお構いなしに遠慮なく座る。そして火を灯したような力強い瞳でこちらをまっすぐ見つめてくる。
「あたしの代わりにちょっとおつかい行ってきてよ」
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