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1話

 螺旋のように入り組んだねじれた運命に私は今も呆れてため息をついてしまう。  前世で私は誰かによって殺された。そう、私は王家の姫だった。 名をイザベラ・ウィングルスといってウィングルス王国の国王の娘で第一王女だ。白銀のさらさらとしたまっすぐな髪と淡い紫の瞳はぱっちりとしている超がつく程の美女だった。 イザベラ王女は第一王女で性格も穏やかで冷静で非の打ち所がない。完璧な姫だった。けど、不幸な事に彼女は二番目の王妃ー継母と仲が悪かった。継母が生んだ第一王子と第二王女はイザベラ王女よりも外見も能力も劣っていたが。性格は二人とも我が儘で傲慢だ。継母の王妃と同じような性格で事あるごとにイザベラ王女を苛めて貶めていた。しまいには王位継承権が第一位で先代の王妃の唯一の子供であるということで命を狙われ出した。継母の王妃はある日、イザベラ王女を自身の部屋に呼び出して。紅茶のカップに猛毒を塗りつけ、王女にそれを飲ませた。 イザベラ王女は倒れて瀕死の床につく。そうして彼女は必死の看病も虚しく亡くなる。享年は二十二歳だった。婚約者である隣国の王子と結婚もして二人の王子も生まれていたが。イザベラ王女は単身で実家に帰省していた。そんな中での悲劇であったー。 「…ローザンヌ。今日も本を読んでいるのか?」 呆れながら私に問いかけてきたのは兄のフィッツジェラルド王子だ。この国のウィングルス王国第十代国王であるヘンリー陛下の長男で第一王子である。弟に第二王子のフィリップがいた。私は末っ子で第一王女であった。ヘンリー陛下こと父上と現王妃のシェルリア母上は見ているこちらが恥ずかしくなるほどに仲が良い。 今、私とフイッツ兄上は王宮の図書室にいる。無類の読者好きの私はよくここにいる事が多い。フイッツ兄上はサラサラのまっすぐな金色の髪と切れ長の涼しげな青紫の瞳が印象に残るかなりの美青年だ。 性格は私と違って明るく闊達な文武両道に秀でた優秀な王太子である。背も高くてすらりとした感じの人だった。 「ええ。兄上も図書室に御用ですか?」 「ああ。父上がローザンヌに話があると言っていてな。それで呼びに来た」 「私にお話?」 きょとんとするとフイッツ兄上はやれやれと肩を竦めた。 「全く父上も人使いが荒い。俺にローザンヌを探しに行ってこいと命じるんだからな。気がどうかしているよ」 「兄上。あまりそんな事を言わなくても。では父上の執務室に行けば良いですね?」 「ああ。父上は執務室でいいと言っていた。早く行くといいよ」 「わかりました」 私は膝の上に乗せていた本を棚に戻すために立ち上がる。元の場所に戻してくると兄上に行ってきますと告げた。フイッツ兄上はにこりと笑いながら手を振ってくれる。前世と違い、私と兄に弟のフイリップの仲は今のところ良好だ。 まあ、同母の兄弟だから余計にだろうが。そう思いながら執務室まで歩いたのだった。 ウイングルス王国の唯一の王女の私ことローザンヌ・ウイングルスは今年で十七歳になる。兄のフイッツジェラルド王太子は三歳上で二十歳になっていた。弟のフイリップ王子は十五歳だ。 母のシェルリア王妃は今年で四十歳で。父のヘンリー陛下は四十三歳だが。二人とも敵に回すと怖いのはこの国の共通認識になっている。 そんな事を考えていたら父上の執務室に辿りついていた。飴色に磨き上げられた木製の扉をノックする。 中から低い男性の声で返事があった。私は失礼しますと言って扉を開けた。 中には大きな執務机と壁一面に本がびっしりと入った本棚、応接セットと調度品がバランスよく配置されている。絨毯は淡い紅色で壁紙も同様だ。 重厚感溢れる室内になっていた。私はふわふわで柔らかい絨毯を踏みしめながら父上の座る執務机に向かう。 父上は目線を上げてこちらを見た。フイッツジェラルド王太子ー兄上にそっくりな青紫色の瞳と銀色の髪は怜悧で鋭い印象を与える。私は父上から銀色の髪を母上からは淡い琥珀色の瞳を受け継いでいた。 前世と同じ銀色の髪は幼い頃からのコンプレックスだった。そんな事を思いながらも言葉を発した。 「父上。兄上からお話があると聞きまして。こうやって来ましたけど。何かありましたか?」 「ローザンヌ。来たか。すまぬな、のんびりとしているところに。お前に隣国の王太子との縁談が来てな。それでフイッツに呼びに行かせたのだ」 「…縁談ですか。隣国の王太子というと」 私が言った事に父上は頷いた。 「イルージュ王国の王太子、フエルデイナード王子が相手だ。彼はローザンヌよりも五歳上で二十一歳になる。絵姿がイルージュから届いているはずだ」 「そうでしたか。フエルデイナード様はこちらでは珍しい黒髪に紫の瞳の美男子だと伺いました。頭脳や武芸の才能も抜群だと」 私が言うと父上はにんまりと笑った。何故か嬉しそうだ。 「…ほう。なかなか知っておるではないか。フエルデイナード王子は性格もうちのフイッツジェラルドと似て明るくて活発なお方らしい。お前と合うか一度会ってみるか?」 「合うって。相性の事ですよね。でもお会いできるのですか」 「そこは心配しなくてもいい。フエルデイナード王子も結婚相手であるお前と一度は会ってみたいと言っていてな。確か五日後にはウイングルス王国に着くはずだ」 五日後と聞いて私は驚いてしまう。割と近い内に王子が来るとは。私はぽかんと呆気に取られてしまった。 時は過ぎるのが早いものであっと言う間に五日は経った。今日はフエルデイナード王太子が我がウイングルス王国に到着する予定となっている。 私は朝早くから侍女のサラやアリス達に起こされてお風呂に入れられて頭から爪先までピカピカに香油を擦り込まれ、髪を結い上げられた。複雑に編み込み、アップにして丁寧にお化粧を施し。胸元が大きく開いた深い藍色の銀糸で刺繍されたドレスに着替えさせられる。極めつけは母上が選んだイヤリングとネックレスにブレスレットを付けさせられた。 どれも銀製でイヤリングは大きな琥珀が使われており片手に乗るほどのものだ。ネックレスは細かな琥珀を幾つもチエーンに組み込まれていて凝った造りだった。ブレスレットもネックレスと同じようなデザインで私の瞳の色に合わせてあった。 まるで夜会に出るくらいの飾り立てように母上や侍女達の気合いの入れようがひしひしと感じられた。 そんなこんなでフイッツ兄上にエスコートをしてもらいながら城門にてイルージュの王太子の来訪を待っている。 今日は踵の高い華奢なヒールを履いているからフイッツ兄上も心配して手を繋いでいてくれた。隣には父上と母上がいる。母上は茶色の髪と淡い琥珀色の瞳のほんわかとした感じの可愛らしい女性だ。今でも私の姉で通るくらいの美貌を誇っている。 「…ふう。ローザンヌ、綺麗に仕度したから転けないようにね。わたしもだけど。フイッツ、この子が怪我しないように気をつけてあげてちょうだい」 「わかりましたよ。確かに今日は気合を入れたね。フエルデイナード王子も驚くだろうな」 「本当にね。ローザンヌはもともと凄く美人だから磨き甲斐があるわ。それより、もうすぐで着くようだわね」 母上の言葉と共にガラガラと馬車の車輪の音がする。私はそちらに向き直ると兄上と握った手に力を込めた。 馬車がほどなくして停まり御者が恭しく扉を開ける。中から艶やかな短く切り揃えた黒髪と紫色の瞳の美丈夫が降りてきた。側には侍従と騎士達がいる。美丈夫は石床に両足を着けるとかつかつと音を立てて国王である父上に近づいた。 「…本日はよくぞ我がウイングルス王国へお越しくださった。歓迎したいと思いますぞ。イルージュ王国王太子殿」 父上のよく通る声が城門に響き渡る。そんなに大きくないけど不思議と聞く者の耳に残った。 「いえ。こちらこそお招きいただきありがとうございます。ウイングルス国王陛下」 「ああ。わたしの事はヘンリーと呼んでくださって構いません。では貴殿の事もフエル殿と呼ばせてもらって良いですかな?」 「構いません。よろしくお願いします、ヘンリー陛下」 控えめで柔和な声が私の耳にまで届く。ドクンドクンと心臓が強く鳴る。動悸がして胸を押さえた。 嘘だ。まさか、この王太子が私の夫であった人と同じ声をしているなんて。顔立ちも本人と間違えそうなくらいに酷似している。何より、私の中のイザベラがこの人だと歓喜して震えていた。心が震えるのはこういう事かと思い知った。それでも何とか深呼吸をして平静を保つ。手を握ってくれているフィッツ兄上は私を伴いながらフェルディナード王太子に歩み寄った。 あちらも気づいたのかこちらに歩いてきた。 「初めまして。あなたがフィッツジェラルド王太子殿下ですね?」 紫の瞳を煌めかせてフェルディナード王太子は問う。フィッツ兄上も笑いながら答えた。 「ええ、そうです。わたしがフィッツジェラルドです。けど、名前が長いですからね。フィッツとお呼びください」 「そうか。ではフィッツと呼ばせてもらいます。わたしの事はフェルとお呼びくださって構いませんよ」 「ありがとうございます。後、わたしの隣にいるのが妹で王女のローザンヌです。フェル殿の婚約者になりますね」 フェルディナード王太子は私を見て何故か固まった。目を見開き、驚いたような表情を浮かべる。 「…どうかなさいましたか?」 兄上の言葉にフェルディナード王太子は我に返ったようで私に笑いかけた。 「ああ、申し訳ない。妹君があまりに美しいものだから見とれてしまった」 「そうですか。けど、甘い言葉をかけるのでしたら夜にお願いします。今は昼間ですから」 「わかりました。くくっ。フィッツ殿はお堅いな」 くつくつと笑いながらフェルディナード王太子は私にも声をかけてきた。 「ローザンヌ姫。初めまして、わたしの名はもう聞いているでしょうが。イルージュ国王太子、フェルディナードと申します。フェルと呼んでくれて構いませんよ」 「わかりました。改めてよろしくお願いします。フェル殿下」 私はそう言いながらドレスの裾を摘まんで膝を曲げた。目上の相手に対しての礼の仕方だ。頭も深々と下げる。「丁寧にどうも。けど、俺にはよそよそしくしなくても大丈夫だ」 「…殿下?」 私が不思議そうに問いかけるとフェル殿下は兄上に声をかけた。 「フィッツ殿。早速で悪いが姫をお借りしてもいいですか?」 「え。初対面なのに積極的だな。まあいいでしょう。父上にも聞いてみてください」 「ありがとう」 フェル殿下は礼を言うと父上にも声をかけた。 「…陛下。ローザンヌ姫とお話をしたいと思いまして。よろしいでしょうか?」 「ほう。いきなりだな。ローザンヌさえ嫌でなければよいでしょう。お前はどうなんだ?」 父上がまっすぐに私を見てくる。仕方なく答えた。 「わかりました。父上がよいとおっしゃるのでしたら殿下とお話してきます」 頷くとフェル殿下は嬉しそうに笑う。私はもしや気づかれたのかとヒヤヒヤしながらもフェル殿下と城門を後にしたのだった。 フェル殿下と二人で王宮の温室に向かった。本当は図書室に行きたかったのだが。無難な場所に案内したのだった。 「…ここに来れば大丈夫か。久しぶりだな、イザベラ」 二百年前の前世と同じ名前を呼ばれる。私も逸る胸を押さえながら夫であった人の名を呼んだ。 「こちらこそお久しぶりです。ローリング様」 フェルディナード王太子殿下もとい、かつての隣国の王子であったローリング様は悲しそうに笑った。 「ああ。やっと二百年ぶりに会えたよ。君が王妃に毒を盛られて殺されたと知らせが来て。葬儀までウィングルスですませたと手紙が届いた時は驚きと悲しみでどうにかなりそうだった。イザベラ、王妃は何が狙いだったか聞かせてくれるか?」 「…お母様は私が嫁いだ後も王位継承権第一位だとお父様から告げられたみたいで。自分が生んだ王子が王位に就(つ)けないと思われたようです。だから、毒殺を考えたのでしょう」 「そうか。俺がそれに気がついていればな。絶対に君を実家に戻さなかったんだが」 そう言いながらローリング様は前髪をくしゃりと握りこんだ。沈黙が辺りに落ちる。 「イザベラ。いや、今はローザンヌだったな。君は二百年前と変わらないな。瞳の色以外は」 「ええ。ローリング様、フェルディナード様は髪も瞳の色も以前と同じですわね。顔立ちやお声もそっくりで。お姿を一目見てわかりました」 涙ぐみながら言うとフェルディナード様は照れたように笑った。私も笑いかけた。 「ローザンヌ。君の絵姿を見た時からもしやとは思っていた。まさか、本当に生まれ変わりだとはな」 「フェル様も生まれ変わっておられたなんて私もわかりませんでした。けど、またお会いできて嬉しいです」 「俺もだ」 フェルディナード様もといフェル様は私に近づくとふわりと抱きしめてきた。爽やかなシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。私はお化粧が落ちてしまうとフェル様の胸をそっと手で押した。 「あの。今はこんな格好ですから。抱きしめるのは後で好きなだけなさってください」 「…ふう。わかったよ。ではそろそろ行こうか」 「はい」 頷くとフェル様はほらと手を差し出してくれる。私は自分の手を乗せた。ぎゅっと力強く握られる。フェル様はゆっくりと歩き出す。私も付いていったのだった。 そうして、昼食を一緒に食べて夕暮れ時になった。私は自室にてお化粧を落として髪を下ろし寝間着に着替えていた。アリスとサラがハーブティを淹れてくれてそれを飲みながら寛いでいる。ちなみにジャスミンティーだ。自室の扉がノックされてサラが応対のために開けた。中に入ってきたのはフェル様の侍従だった。 「夜分遅くに申し訳ありません。殿下からお手紙です」 「あら、わざわざすみません。姫様にお渡ししますね」 「ええ。お願いします。ではわたくしはこれで失礼します」 侍従は丁寧に頭を下げてから扉を閉めて去っていく。サラがフェル様からの手紙を持ってきた。アリスにペーパーナイフを頼んで手紙を受けとる。 ペーパーナイフで封を切り内容に目を通した。 <昼間は失礼をした。けど、君とは有意義な話ができたと思う。 また、明日も昔の事について語り合いたい。温室にて待っている。昼間になったら来てほしい。 フェルディナード> と書かれていた。 私は昔の事とあるのにどきりとする。私が何故、毒殺されたのかを詳しく聞きたいのだろうか。けど、私も継母に毒を盛られた事以外は記憶が曖昧だ。どうしたものかと頭を悩ませたのだった。 翌日の昼間に私は地味なドレスに身を包んで温室に向かった。サラとアリスも付いてきてくれている。が、前世の話の時は彼女たちや騎士たちには出ていってもらうしかない。そう考えながらもどうしたものかと途方に暮れる。 温室に着くと私はサラとアリスに声をかけた。 「二人とも。ここからはフェルディナード殿下と二人きりでお話をしたいから。ちょっと外してもらえる?」 「…はあ。わかりました。姫様は殿下と早く愛を深め合いたいのですか?」 「そ、それは。そうね、フェルディナード殿下とは結婚をするわけだし。早めに打ち解けたいとは思っているの」 私が慌てながらも言うと二人は納得したらしい。サラがアリスの背中を押してさっさと出ていった。私は騎士たちにも目配せをすると温室に入る。人払いはフェル様も行っていたらしい。温室はしんと静まり返っていた。 「…やあ。ローザンヌ、急に手紙を出してすまなかったな」 「いえ。お話したいとありましたから。私に話せる事であればいつでもおっしゃってくださいな。フェル様とはいずれ結婚する仲ですから」 「それもそうだな。じゃあ、そちらのカウチに座ろう」 私は言われた通りに温室に置いてあるカウチに近寄ると腰掛けた。フェル様も同じようにする。二人して前世のローリング様とイザベラ王女の話で盛り上がったのだった。 あれから、一週間が過ぎた。イザベラ王女とローリング様との話や互いの幼い頃の話などをして私たちは少しずつ距離を縮めつつある。核心の毒殺についても自分で覚えている限りの事を説明した。何故、イザベラ王女が第一位王位継承者だったのか。それは当時の国王が溺愛した一番目の王妃が生んだ唯一の王女だったからだ。国王はこれだけは譲らなかったらしいとも。だから、王妃は殺害に至ったのだとも言った。 フェル様からはイザベラ王女が亡くなった後についても聞いた。ローリング様は王女の死後、散々再婚を勧められたらしい。が、彼は断固として拒んだ。幸い、王女との間には二人の王子が生まれていたので上の子を王太子にして自身も即位した。一人も妃をめとらずに生涯を過ごしたらしい。フェル様は淡々とそう教えてくれた。 「…ローザンヌ。まだ、俺たちが知り合ってから十日ほどだが。何か他人て感じがしないな」 「ええ。私もそう思います」 穏やかな春の昼下がりに私たちはまた温室にて語らっていた。フェル様がウィングルス国に来てから早くも十日が経とうとしている。その間に互いの距離は急速に縮まっていた。フェル様は私のまっすぐな銀の髪を手に取ってキスをする。その行為に私はどきりとしてしまう。ローリング様も同じようにしていたけど。やっぱり、生でされると違う。顔に熱が集まる。 「フェル様。あまりそういうのはやめてください。恥ずかしいです」 「何を言うかと思えば。イザベラの時はもっと凄い事をしていたのに」 「…フェル様。昼間から何をおっしゃっているんです。卑猥な事を言うのはお止めください」 私がぴしりと言うとフェル様は紫の瞳を瞬かせる。そうして、私との距離をぐんと詰めてきた。息がかかりそうなくらいに顔が近くにある。互いにじっと見つめあう。 「ローザンヌ。君は面白いな。今からでも俺は手を出したくてたまらない」 「フェル様。冗談はおよしください」 「冗談ではないよ。俺は本気だ」 低い声で囁かれると私はぞくりとした。電流が体を走るようで身動きが取れない。フェル様はそれに気を良くしたのか顔を近づけてくる。額に温かくて柔らかな感触がした。 ちゅっとリップ音がしてキスをされたのだとわかる。私は離れようとしたがカウチに座った状態なのを忘れていた。後ろに背凭れが当たってそれ以上は下がれない。 「抵抗しても無駄だ。ローザンヌ、俺に委ねてくれたらいいから」 甘い掠れた声で囁かれて私は頷いてしまう。フェル様は私の髪を手で優しく梳くと鼻にもキスをする。そうして顔中にキスが降ってきた。その間にドレスのホックが一つずつ外されていく。瞼を閉じていたので自分が今どんな格好なのかわかっていなかった。ただ、温室の空気が肌に当たっておかしいなと思う。唇に到達すると強く吸い上げられた。そのまま、何度も角度を変えて深いものになっていく。 私は息が苦しくなってきて口を少し開いた。そこからぬるりと湿った何かが入り込んでくる。イザベラの記憶で舌だとわかった。私は肩を押して離れようとする。が、フェル様の力は強く舌が奥に入り込んできて咥内を辿られた。歯列をなぞりあげられて背筋にびりりとまた電流が走る。 「ふ、んん」 甘ったるい声が鼻から出てしまう。その後も咥内を蹂躙されて胸を揉まれた。息があがる頃になってこほんと咳払いの音がする。 フェル様はゆっくりと唇を放した。銀糸がつと切れる。私はぼうとした頭で見上げるとフェル様は困ったように笑う。 「そんな顔をしないでくれよ。めちゃくちゃにしたくなる」 「…フェル様」 私がさらに言おうとした。が、サラとアリスがこちらに駆け寄ってくる。二人とも顔が赤い。 「姫様!大丈夫ですか?!」 アリスが真っ先に声をかけてくる。 「ええ。大丈夫よ。あなたたちが来てくれて助かったわ」 「それはようございました。もうお部屋に戻りましょう!」 アリスが言えばサラも頷いた。二人は私を立たせると自室に急がせたのだった。 あれから、フェル様は味をしめたのか私に不埒な行いをするようになった。それは彼が自国に帰るまで続いた。そうして、半年後に私は隣国のイルージュ王国に嫁いだ。フェル様の正妃としてだった。彼は半年も我慢したのだからと初夜であっても手加減はしてくれなかった。何度も高みに昇らされて啼かされた。眠らせてもらえたのは明け方近くになってからだった。 その後、フェル様は側妃をめとらずに私だけを妃として扱ってくれた。子供も四人生まれて上が男の子二人で下が女の子二人だ。フェル様は王になっても相変わらず私を溺愛する。けど、私は内心でほっとしていた。前世とは違う未来が開けているから。毒殺されず、平穏な暮らしを今は送れている。それに感謝しながら私は子供たちに微笑みかけた。今日もイルージュ王国は平和だった。 ―完―
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