第六章 触れなば落ちん(1)

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第六章 触れなば落ちん(1)

 着替えたら首にスカーフを巻く。それが、噛まれてからの朝の習慣になった。もともと持っていた数枚のほかに、あの後テオドールがさらに数枚贈ってくれた。これなら「そういう趣味なんだ」で通りそう。  あれから一週間ほど。  俺は記録室にいた。  シレズの細工箱について調べるためだ。  記録室にあるのはアデルハイトとローヴァインに関するものだけだから、あの箱について知りたい俺が最初に行ったのは図書室だった。  図書室には司書がいる。シレズについて調べたい、と言うと、微妙な顔をされた。 「シレズですか……」  各国の歴史の本はまとめて置いてあるが、そこにシレズのものはないという。 「アデルハイトの史書の一節に周辺諸国について書かれたものがあり、そこに載っていたかと存じます」 「特産品の話も書かれてる?」 「貢ぎ物の記述はあったはずです」  それで俺は記録室に逆戻りした。アデルハイト公式の史書をめくって、シレズに関する記述を探している。  しかし、数時間かけてやっと見つけたのはシレズの国土や歴史に関してごくさらりと触れただけの文章で、俺が期待していたようなものではなかった。たったひとこと、貢ぎ物に関して「細工の箱」とは書かれていた。それだけ。  シレズはアデルハイトから見れば本当に取るに足らない小国だったんだ。歴史を書き残す価値もないほどの。リシェがヨナタンと結婚して初めて、その存在を意識されることになったんだろう。  それだけ力の差がある相手と結婚できたのは、リシェがオメガだから。だけど、年齢的に釣り合うのはヨナタンじゃなくて息子のハンスの方じゃないか? なんでハンスじゃなくてヨナタンの妃になったんだろう?  俺は急いでアデルハイト王家の系譜を探した。最新の記録だ。それによると、ハンスは現在二十六歳。六年前に世継ぎが生まれている。  系譜にはリシェの名前も書かれていて……二重線で消されていた。結婚した月日と離婚した月日が書かれている。  結婚したのは六年前。意外と前だな。同じ年に世継ぎが生まれているから、その頃ハンスはもう結婚していたんだ。だからヨナタンの後添えか。  リシェの結婚当時の年齢は……。 「……十六歳?」  ヨナタンは当時四十二歳。二十六歳差か。ちょっと気の毒になる。  リシェとヨナタンの間に子どもはいない。  日暮れが近づいてきた。  俺はひとまず資料を閉じて外に出た。ユーゴが俺を待っている。
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