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第四章 それはそれとして(4)
ひと通り街を回って、俺たちは城に帰ってきた。
エリーゼは名残惜しそうに振り返りつつ、手綱を引かれて厩舎に帰っていった。俺も名残惜しい。馬があんなにきれいな生きものだなんて知らなかった。
ギュンターを馬番に預け、テオドールが俺に並ぶ。
「街はどうだった?」
思っていたより近代的でびっくりした。とは、言わない方がいいかな。
「道も施設も整備されてて、機能的な街だね。人もみんな優しいし、にぎやかで楽しかった」
「それはよかった」
街の人たちが優しいのは、テオドールを敬愛しているからだ。もし俺が彼の伴侶じゃなかったら、あんなに優しくはしてくれないだろう。
誰も俺を「不貞の妃」なんて呼ばなかった。
「もしかして、街の人たちは俺が王妃だったことは知らないの?」
テオドールはため息をついた。
「わざわざ知らせる必要はない。結婚の遅れていた領主がやっと落ち着いたとみな安堵しているのだから」
「でも、城の人たちは知ってる」
「人の口に戸は建てられない」
じゃあ、いつかは街にも噂が広まってしまうんだ。
憂鬱。
「まあ、いいか。普通にしてればみんな忘れてくれるかもしれないし」
俺は肩をすくめた。
テオドールが目を丸くする。そういう顔を見るの、もう何回めかな。
「そのように考えたことはなかった」
俺はそうでも考えないとこんなのやっていられない。周り中に嫌われているんだから。いくら俺が「不貞の妃」とはいえ、ひとりくらいは味方がいてほしい。そうしたら俺も、そのひとりの味方になるから。
現時点では、俺の味方はユーゴかな。
「夕食まではまだあるよね。ユーゴのところに行っていい? 散歩に連れていってやらなきゃ」
「今日くらい庭師に代わってはどうだ。疲れただろう」
「ううん。俺が行くよ。ユーゴが待ってるから」
俺の手には箱が残っている。これをまず部屋に置いてこなきゃいけない。
テオドールは俺を部屋まで送ってくれた。
「故国が恋しいか?」
いたわるような口調だ。でも、どうしていまその台詞が出てくるのかよくわからない。
「シレズが? なぜ?」
「その箱を見て思い出したのではないのか」
「違うけど……」
俺はあっと声を上げそうになった。
あの箱はリシェがシレズからアデルハイトへ持ち込んだものだ。それなら、見た目がよく似ているこの箱も?
「これはシレズのものなの?」
テオドールは首をひねる。
「見た目はよく似ているが、シレズの箱は蝶番を使わないのではなかったか? 板を組み合わせ、模様に見せかけた細工で錠の働きをさせると聞いたが」
それ、聞いたことある。日本にもあった。パズルみたいなからくりの箱だ。
「あなたは開けられる?」
「いや、無理だろう。何度か挑戦してみたが、よくわからない」
「開けられそうな人はいる?」
彼は顔をしかめる。
「あなたが開けられるだろう。あなたの国のものだ」
「それが、開け方を忘れちゃったんだ。大事なものが入ってるんだけど、どうしても開けられない箱があって」
「そういうことか。それは難儀だな。細工物に詳しいマルセルならば、あるいは開けられるかもしれない。後で私から話しておこう」
「お願い」
あの箱の中身がわかるかもしれない。
俺は足取りも軽くユーゴの小屋に向かった。
「ただいま。いい子にしてた?」
ユーゴはきゅんきゅん鳴きながら俺に甘えてきた。「いい子で待ってたよ、褒めて褒めて」だな。甘えん坊め。そのくせ俺の身体をくんくん嗅いで回るのは、エリーゼの匂いがついているからだろう。
俺はユーゴを連れ出して、小一時間歩いた。
「テオドールが今度一緒に散歩しようって。よかったね」
「わふ」
「ふふ。お前もテオドールが好き?」
ユーゴは俺を見上げている。
「領主様、か」
今日の歓待ぶりは俺の目に鮮烈に焼きついていた。あんなに愛されている人が、いまは俺の夫なんだ。
「人生って不思議だな」
ユーゴが従順に聞いている。
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