第一章 処刑まであと数日(2)

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第一章 処刑まであと数日(2)

 イライラしながら部屋をぐるぐる歩いていると、扉がかちりと鳴った。鍵が開いたんだ。  兵士がふたり入ってくる。その後ろから、明らかに恰好の違う男がひとり。さらに後ろには、さっきのじいさん。  じいさんが顔をしかめた。 「あなたはひざまずかねばなりません、妃殿下」  俺は慌てて膝をついた。  男が進み出る。頭上の王冠を見れば、紹介されなくたってわかる。これが国王だろう。  だけど、俺は驚いた。聞いていた話によると、国王ヨナタンは俺つまりリシェの夫のはずだ。リシェは二十代前半。それに対して、ヨナタンは腹回りも膨らんだ、若く見ても四十代後半と思える中年の男だったから。  年の差結婚も、なくはないけれど。  リシェもほかの国の王子なら、国同士が決めた結婚かな。 「そなたもようやく自分の立場を思い知ったようだ。始めからそうして素直に膝を折っていればよいものを」  と言いつつ、ヨナタンは片手を挙げた。 「構わぬ。立つがよい」  俺はこわごわ立ち上がった。じいさんが咎める目つきで俺を見ている。ヨナタンも同じ顔だ。 「我が妃よ。懺悔を訊こうか」  懺悔っていったって。 「人違いです。俺はリシェじゃない」  ヨナタンの眉が吊り上がった。 「この期に及んで言い逃れか!」  まずい。 「い、いえ! すみません。ただ、あの……。罪状を、確認させていただけないかと、思いまして」 「罪状? 罪状だと?」  国王の顔は真っ赤だ。 「よかろう。聞かせてやるとしよう。我が妃リシェよ、そなたは国王を夫に持つ身でありながら、肉欲に溺れ、複数の男と不義に及んだ。その中には我が息子、アデルハイトの世継ぎであるハンスも含まれておった! そなたの義理の息子だぞ! その悪行許しがたい。よって、死罪が言い渡された」  さすがに俺も、度肝を抜かれた。  国王の妃なのに不倫三昧かあ……。正直、いかにも俺らしい罪だななんて思っちゃったりもしたんだけど。  前世と今世って繋がっていたりする? これが(カルマ)ってやつ?  義理の息子ってことは、リシェは後妻か。男同士だもんな。  俺、つまりこの身体が男であることは、確認済みだ。いくらきれいな顔でも、下には男のものがちゃんとついていた。  アデルハイトは国王といえど男同士でも結婚できる国らしい。ずいぶん進んでいる。逆にいえば、国王が再婚で、既に世継ぎがいたから、男同士でも特に問題はなかったってことなのかな。  で、その世継ぎとも関係を持ったのが、リシェだと。  ……死罪もやむなし、かもしれない。  血の気が引く俺をよそに、ヨナタンは続ける。 「執行の日取りも決まったぞ。三日後だ。嬉しかろうな? 何せそなたは、殺すならば早く殺せと予に噛みついたのだからな」  噛みついた……のは、まさか比喩だよな。 「なんとか、なりませんか。慰謝料なら払いますから」 「慰謝料とな? 金か? 誰が払うのだ?」 「ええと……。故国、でしょうか」  ヨナタンは腹を揺する。 「はっはっは。これは異なことを。シレズでもそなたを引き取る気はないと申しておる。それは大罪人につき処刑してくれとな」  そんな。 「三日後を待つがよい。執行人どもも奮い立つだろうて」  一番奮い立っていそうなのは、このヨナタンなんだけど。 「念のために訊きますけど、死刑ってどんな方法で……」  ヨナタンはフンと鼻を鳴らした。 「絞首刑ぞ」  首吊りだ。なかなか死ねなくて苦しむとか聞いたことがある。  国王はいっそ楽しげだった。 「そなたが苦しむ様はさぞや見ものであろうな。顔が苦痛に歪み、目や舌は飛び出て、糞尿を垂れ流しながら死ぬのだ。生前の美しい姿は見る影もない。そなたの亡骸は三日三晩城門前にさらされ、多くの者がその末路を見るであろう」  うわあ。サディストだ。  死刑執行は娯楽のひとつなんだ。SNSでもそうじゃないか。悪いことをした奴は、罰を受けるのも当然。思う存分叩いていい。倫理的なサンドバッグだ。そうしてみんなスカッとする。  冗談じゃない。そんな無様な死に方、死んでも嫌だ。 「陛下! 俺……、私は反省しました! もうしませんから、許してください!」  両手を合わせて、すがりつかんばかりの俺。 「いまになって命乞いか。予の顔も見たくないと申したのは誰であったかな?」  嘘だろ。  どうやらこの身体の持ち主は、不倫を責められて逆ギレしたらしい。頼むよ。いきなりあんたの身体に入っちゃった俺の身にもなってくれ。 「それは一時の気の迷いです。いまはもう、そんなこと考えてもいません!」 「気の迷いか。予と結婚したこと自体が間違いだったとまで申したが、それも気の迷いか?」 「え……。ええと、はい。言いすぎました」  ヨナタン、失笑。  俺、蒼白。  視界がぼやける。手が震えだした。 「お願いです、どうか、どうか殺さないで。まだ死にたくない。痛いのも苦しいのも嫌です」 「我が嫡男まで毒牙にかけておいて、許されると思うてか」 「お願いします。助けてください。なんでもしますから!」  ヨナタンがぴくりと頬を動かした。 「なんでもするとな? それはまことか」  俺は勢いよく頷く。 「はい! 本当です。助けていただけるなら、どんなことでもします!」  ヨナタンは笑った。 「そうかそうか。どんなことでもするとな。よかろう。予も悪魔ではない。そなたがそこまで申すのならば、考えてやろう」 「本当ですか! ありがとうございます!」 「考えた結果がそなたの望む通りとは限らぬぞ。それでもよいのだな?」 「もちろんです。命を助けていただけるなら、どんな結果でも構いません」 「うむ。追って沙汰を待つがよい。だが――」  国王はマントを翻らせた。 「予からの沙汰がない時には、そなたは処刑されるのだ」  ざわりと、背筋が寒くなる。 「よ、よろしくお願いします」  部屋を出ていく間際、ヨナタンは俺を振り返った。しかし、俺にではなく、傍にいた家来に話しかけた。 「ローヴァイン辺境伯を呼べ」
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