第一章 処刑まであと数日(3)

1/1
前へ
/53ページ
次へ

第一章 処刑まであと数日(3)

 それから一日経ち、二日経った。  ヨナタンは何も言ってこない。その代わりのように聖職者のじいさんだけはやってきて、いつも通り懺悔を迫る。  が、俺も迫る。 「処刑はどうなりました? 予定通り執行なんですか? 陛下はなんて?」  じいさんはうんざりした様子で首を振る。 「私は何も聞かされておりませぬ。それよりも、あなたはまだ罪の重さを自覚なさっておられぬようだ。懺悔をなさい」 「はい。申し訳ありませんでした」  命さえ助かるなら、懺悔くらいいくらでもしてやる。 「何を懺悔なさるのです?」 「夫を裏切り、不倫しました」 「それ以上です。あなたは王妃という立場を利用し、男たちに夜伽を強要しました。哀れな男たち! 彼らはあなたにたぶらかされたのです。そうですね?」  なんて言われようだ。でも、頷くしかない。 「神の御前に罪を告白し、悔い改めなさい」  三日め。俺は朝からびくびくして震えていたけれど、ヨナタンは来なかった。じいさんもいつも通り懺悔を迫って、そのまま出ていったきり。夜まで待っても何もなかった。  当初の執行予定は、変わったんだ。  四日め、五日め。何も起こらない。じいさんが来て、俺は決まり文句みたいに懺悔を口にして、あとの時間はベッドに転がって過ごした。眠れなかったけれど、怖くて起きてもいられなかった。  六日め、七日め。何もない。  八日め。待つのも疲れてきた。神経がヤスリで削られていくみたいだ。  九日め。じいさんが来たが、短くお説教をしただけですぐに行ってしまった。  十日め。  ヨナタンが来た。不気味なほどの笑顔だった。 「我が妃リシェよ、喜べ。処刑は中止だ」 「本当ですかっ?」  俺は飛び上がりそうになった。いまならヨナタンの靴にだってキスできる! 「もちろんだ。そなたに恩赦を与えよう。ただし、ひとつ条件がある」  俺はごくりと唾を飲み込んだ。 「条件、とは……。どんな?」  ヨナタンは重々しく頷いた。 「予はそなたを離縁する。そなたはローヴァイン辺境伯テオドール・エメリヒと再婚するのだ」 「はあ」  なんというか、こう。  ぴんとこない。  俺のぽかん顔を、ヨナタンは違ったふうに解釈したようだ。  ヨナタンはにやにやと、国王にふさわしからぬいやらしい笑みを浮かべた。 「そうだ。ローヴァイン辺境伯だとも。そなたが蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っておるあの男よ」 「え」  いまのところ、この身体の持ち主の人間関係は最悪だ。夫ヨナタンとは不仲、複数の男と不倫、おまけにめちゃくちゃ嫌っていたらしい別の男。 「どんな方、でしょうか」  なるべく慎重に、俺は訊いてみた。  ヨナタンは芝居がかった仕草で額に手を当てる。 「よく知りもせずに嫌っておったというのか? ローヴァインは国境にありアデルハイトの盾とも呼ばれる土地だ。ここを領地として世襲するエメリヒ家は、建国当時からの由緒ある家柄である。現在の当主テオドールは今年で三十二であったかの。厳格にして高潔な男よ」  国王は横目で俺を見た。 「そなたとはとても合うまいて」  三十二歳なら、少なくとも年齢的にはヨナタンより釣り合うと思うけど。 「テオドールもそなたとの結婚を了承しておる。断れる筋でもなかろうがな。あとはそなた次第だ。生きていたくば、そなたがこの国で最も嫌っておる男と結婚するのだ」  ヨナタンの言う、「厳格にして高潔」が本当なら。  俺には確かに、一緒にいて息苦しい相手なんじゃないか、とは、思うけれど。  選択の余地はない。たとえ相手がどんな嫌な奴だって、吊られて死ぬよりはずっといい。 「わかりました。ローヴァイン辺境伯と結婚します」  ヨナタンが疑わしげに俺を覗き込む。 「本当によいのか? ローヴァイン辺境伯だぞ?」 「はい」  助けてもらえるなら、なんだっていい。 「ふん。まあよいわ。テオドールが到着するまで、そなたはここで過ごすがよい」 「わかりました」  俺の命は繋がれた。安堵のあまり、俺はへなへなと座り込んでしまった。  処刑を待つだけの怖い日々もこれでおしまいだ。そのほかのことは、後から考えよう。  その日は久しぶりに、ぐっすり眠れたのだった。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

267人が本棚に入れています
本棚に追加