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第一章 処刑まであと数日(3)
それから一日経ち、二日経った。
ヨナタンは何も言ってこない。その代わりのように聖職者のじいさんだけはやってきて、いつも通り懺悔を迫る。
が、俺も迫る。
「処刑はどうなりました? 予定通り執行なんですか? 陛下はなんて?」
じいさんはうんざりした様子で首を振る。
「私は何も聞かされておりませぬ。それよりも、あなたはまだ罪の重さを自覚なさっておられぬようだ。懺悔をなさい」
「はい。申し訳ありませんでした」
命さえ助かるなら、懺悔くらいいくらでもしてやる。
「何を懺悔なさるのです?」
「夫を裏切り、不倫しました」
「それ以上です。あなたは王妃という立場を利用し、男たちに夜伽を強要しました。哀れな男たち! 彼らはあなたにたぶらかされたのです。そうですね?」
なんて言われようだ。でも、頷くしかない。
「神の御前に罪を告白し、悔い改めなさい」
三日め。俺は朝からびくびくして震えていたけれど、ヨナタンは来なかった。じいさんもいつも通り懺悔を迫って、そのまま出ていったきり。夜まで待っても何もなかった。
当初の執行予定は、変わったんだ。
四日め、五日め。何も起こらない。じいさんが来て、俺は決まり文句みたいに懺悔を口にして、あとの時間はベッドに転がって過ごした。眠れなかったけれど、怖くて起きてもいられなかった。
六日め、七日め。何もない。
八日め。待つのも疲れてきた。神経がヤスリで削られていくみたいだ。
九日め。じいさんが来たが、短くお説教をしただけですぐに行ってしまった。
十日め。
ヨナタンが来た。不気味なほどの笑顔だった。
「我が妃リシェよ、喜べ。処刑は中止だ」
「本当ですかっ?」
俺は飛び上がりそうになった。いまならヨナタンの靴にだってキスできる!
「もちろんだ。そなたに恩赦を与えよう。ただし、ひとつ条件がある」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「条件、とは……。どんな?」
ヨナタンは重々しく頷いた。
「予はそなたを離縁する。そなたはローヴァイン辺境伯テオドール・エメリヒと再婚するのだ」
「はあ」
なんというか、こう。
ぴんとこない。
俺のぽかん顔を、ヨナタンは違ったふうに解釈したようだ。
ヨナタンはにやにやと、国王にふさわしからぬいやらしい笑みを浮かべた。
「そうだ。ローヴァイン辺境伯だとも。そなたが蛇蝎のごとく嫌っておるあの男よ」
「え」
いまのところ、この身体の持ち主の人間関係は最悪だ。夫ヨナタンとは不仲、複数の男と不倫、おまけにめちゃくちゃ嫌っていたらしい別の男。
「どんな方、でしょうか」
なるべく慎重に、俺は訊いてみた。
ヨナタンは芝居がかった仕草で額に手を当てる。
「よく知りもせずに嫌っておったというのか? ローヴァインは国境にありアデルハイトの盾とも呼ばれる土地だ。ここを領地として世襲するエメリヒ家は、建国当時からの由緒ある家柄である。現在の当主テオドールは今年で三十二であったかの。厳格にして高潔な男よ」
国王は横目で俺を見た。
「そなたとはとても合うまいて」
三十二歳なら、少なくとも年齢的にはヨナタンより釣り合うと思うけど。
「テオドールもそなたとの結婚を了承しておる。断れる筋でもなかろうがな。あとはそなた次第だ。生きていたくば、そなたがこの国で最も嫌っておる男と結婚するのだ」
ヨナタンの言う、「厳格にして高潔」が本当なら。
俺には確かに、一緒にいて息苦しい相手なんじゃないか、とは、思うけれど。
選択の余地はない。たとえ相手がどんな嫌な奴だって、吊られて死ぬよりはずっといい。
「わかりました。ローヴァイン辺境伯と結婚します」
ヨナタンが疑わしげに俺を覗き込む。
「本当によいのか? ローヴァイン辺境伯だぞ?」
「はい」
助けてもらえるなら、なんだっていい。
「ふん。まあよいわ。テオドールが到着するまで、そなたはここで過ごすがよい」
「わかりました」
俺の命は繋がれた。安堵のあまり、俺はへなへなと座り込んでしまった。
処刑を待つだけの怖い日々もこれでおしまいだ。そのほかのことは、後から考えよう。
その日は久しぶりに、ぐっすり眠れたのだった。
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