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第九章 代償を払う時(1)
俺は渡り廊下にいる。毎朝の恒例、主棟に行くテオドールのお見送りだ。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
しかし、彼は三歩歩いた地点で止まり、俺を振り返った。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば」
「身体の調子は?」
「いいよ。ほらほら、早く行って。仕事があるでしょ。俺もユーゴが待ってるし」
それでもテオドールは逡巡していた。そのうちやっと肩の力を抜いた。
「わかった。では行くが、無理はするなよ」
「しないしない」
手を振る俺。廊下の途中でもう一回振り返る彼。
愛されてるなあ。
まあ、それは冗談としても、テオドールは俺が心配なんだ。リシェの日記を読んでからもう三週間になるのに、毎朝「大丈夫か」って俺を気遣ってくれる。
彼の前であんなに泣いたのは初めてだったから、驚いただろうし、心配にもなるだろう。俺自身もあんなに悲しかったのは人生初じゃないかと思うくらいだ。ショックで、やりきれなくて、さすがに数日は気分が沈んだ。
でも、いつまでも暗く悲しんでいるというのも、俺のキャラじゃなかった。
目が覚めれば喉も渇くし、腹も減る。隣に眠るテオドールを見て朝からムラムラすることだってあるし、ユーゴも待っている。
生きているんだから、生きなきゃいけない。
リシェの日記は元通り細工箱に収まって、俺の部屋に置いてある。
俺はいつも通りユーゴと散歩をする。けれど、この日のユーゴはどこか落ち着かなかった。急に立ち止まって顔を上げる。
「どうしたの?」
ユーゴは遠くを見ていた。俺も目を凝らしてみたけれど、特に何も見えない。
犬の嗅覚や聴覚は人間よりもずっと優れている。ユーゴは何かを感じているのかもしれない。
「大丈夫だよ」
俺はユーゴの背中を撫でた。
ユーゴは俺に頭を擦り寄せてくる。口元をぺろりと舐めて、褒めてほしそうに首を傾げた。
「はいはい。いい子だね、ユーゴ。大好きだよ」
茶色い尻尾が左右に揺れる。
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