267人が本棚に入れています
本棚に追加
第九章 代償を払う時(5)
エメリヒ家お抱えの医者が俺を診察した。額の腫れ、首の痛み、右の頬骨に残った青痣、唇と口の中に切り傷、背中と腰の打撲。どれも深刻ではなく、しばらくすれば治るだろうと言われた。
事実確認もされた。殴られたり押さえつけられたのが主で、服を破かれた以上の性的なことはされていない。それは幸いだった。
「痛みが引くまでは安静にした方がよろしいでしょう」
医者が言った。
テオドールは診察の間も俺に寄り添い、手を握っていた。
「俺は大丈夫だよ、テオ」
「ああ……、いや……、だめだ。あなたをひとりにしたくない。離れたくないんだ。心配でたまらない」
「街道の野盗はどうだったの?」
これを問うと、テオドールの眉間が険しく曇った。
「金で雇われた連中のようだ。騒ぎを起こすことが目的らしい」
「まさか、とは思うけど……。それもヘルマン伯が?」
「十中八九。周辺の街や村を当たらせたところ、妙に羽振りのいい一団がいたそうだ。街道には争った形跡もなく、報告自体が虚偽ではないかと睨んでいる」
あの男、どこまでクズなんだ。
「気づいたのはマルセルだ。今朝未明に報告を聞いてすぐに一次調査隊を派遣してくれた。我々が向かう道中にそれと合流し、詳細な調査が始まる頃には概要を掴んでいた」
「さすがマルセル」
エメリヒ家の家令は優秀だ。城に残していったあの侍従も、詳細は話さなかったのに危険な相手だって判断して、即座に知らせを走らせてくれた。
……殴られて気絶していたからって、マルセルに怒られてなきゃいいけど。
「しかし、城から急使が来るまでは誰が首謀かわからなかった。ヘルマン伯が来たと聞き、狙いがあなただとわかって、私はいてもたってもいられなかった」
「助けにきてくれたんだね」
「いや。私は何もしていない。あなたが自分で戦ったんだ」
テオドールは俺を抱きしめる。彼の肩が少し、震えていた。
「あなたの顔を見るまで生きた心地がしなかった。すまなかった。もっと早くに戻るべきだった」
「そんなの。俺があいつと会ったのがそもそもの間違いだったんだから」
俺は不安にため息をつく。
「あいつ、俺に言ったんだ。その……、俺としたことを街で言いふらしてもいいのかって。俺はローヴァインの街が好きだし、俺の悪い噂はテオドールにも迷惑をかけるし……」
「心配はいらない。いかにあの男が悪い噂を広めようとも、ローヴァインの民は実際のあなたを見ている。あなたも自分でそう言っていただろう。普通にしていれば、みんな忘れてくれると。我が民にとってのあなたは、よく笑い、いつも楽しそうな、素直でかわいい領主の奥方だ」
万が一悪い噂が広がり、ローヴァインの人たちが俺を拒んだとしても、テオドールは俺を守ってくれるだろう。それを信じれば、きっと大丈夫だ。
「ゆっくり休んでくれ。今回の処理はすべて私がやる。あなたは自分の心と身体をいたわってくれ。何か欲しいものは?」
俺は笑う。
「あなた。あと、ユーゴ。それにエリーゼと、ギュンターと、ローヴァインのみんな。もちろん、マルセルも」
「欲張りだ」
テオドールは笑いながら、俺の頬を両手で優しく包んだ。
「痛いか?」
「ううん。平気」
彼は俺に唇を合わせる。ごく軽く、羽根のように触れた。
俺はベッドに身を沈める。
いまはただ静かに休もう。明日になったらまた、平和な一日がやってくる。
最初のコメントを投稿しよう!