第九章 代償を払う時(5)

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第九章 代償を払う時(5)

 エメリヒ家お抱えの医者が俺を診察した。額の腫れ、首の痛み、右の頬骨に残った青痣、唇と口の中に切り傷、背中と腰の打撲。どれも深刻ではなく、しばらくすれば治るだろうと言われた。  事実確認もされた。殴られたり押さえつけられたのが主で、服を破かれた以上の性的なことはされていない。それは幸いだった。 「痛みが引くまでは安静にした方がよろしいでしょう」  医者が言った。  テオドールは診察の間も俺に寄り添い、手を握っていた。 「俺は大丈夫だよ、テオ」 「ああ……、いや……、だめだ。あなたをひとりにしたくない。離れたくないんだ。心配でたまらない」 「街道の野盗はどうだったの?」  これを問うと、テオドールの眉間が険しく曇った。 「金で雇われた連中のようだ。騒ぎを起こすことが目的らしい」 「まさか、とは思うけど……。それもヘルマン伯が?」 「十中八九。周辺の街や村を当たらせたところ、妙に羽振りのいい一団がいたそうだ。街道には争った形跡もなく、報告自体が虚偽ではないかと睨んでいる」  あの男、どこまでクズなんだ。 「気づいたのはマルセルだ。今朝未明に報告を聞いてすぐに一次調査隊を派遣してくれた。我々が向かう道中にそれと合流し、詳細な調査が始まる頃には概要を掴んでいた」 「さすがマルセル」  エメリヒ家の家令は優秀だ。城に残していったあの侍従も、詳細は話さなかったのに危険な相手だって判断して、即座に知らせを走らせてくれた。  ……殴られて気絶していたからって、マルセルに怒られてなきゃいいけど。 「しかし、城から急使が来るまでは誰が首謀かわからなかった。ヘルマン伯が来たと聞き、狙いがあなただとわかって、私はいてもたってもいられなかった」 「助けにきてくれたんだね」 「いや。私は何もしていない。あなたが自分で戦ったんだ」  テオドールは俺を抱きしめる。彼の肩が少し、震えていた。 「あなたの顔を見るまで生きた心地がしなかった。すまなかった。もっと早くに戻るべきだった」 「そんなの。俺があいつと会ったのがそもそもの間違いだったんだから」  俺は不安にため息をつく。 「あいつ、俺に言ったんだ。その……、俺としたことを街で言いふらしてもいいのかって。俺はローヴァインの街が好きだし、俺の悪い噂はテオドールにも迷惑をかけるし……」 「心配はいらない。いかにあの男が悪い噂を広めようとも、ローヴァインの民は実際のあなたを見ている。あなたも自分でそう言っていただろう。普通にしていれば、みんな忘れてくれると。我が民にとってのあなたは、よく笑い、いつも楽しそうな、素直でかわいい領主の奥方だ」  万が一悪い噂が広がり、ローヴァインの人たちが俺を拒んだとしても、テオドールは俺を守ってくれるだろう。それを信じれば、きっと大丈夫だ。 「ゆっくり休んでくれ。今回の処理はすべて私がやる。あなたは自分の心と身体をいたわってくれ。何か欲しいものは?」  俺は笑う。 「あなた。あと、ユーゴ。それにエリーゼと、ギュンターと、ローヴァインのみんな。もちろん、マルセルも」 「欲張りだ」  テオドールは笑いながら、俺の頬を両手で優しく包んだ。 「痛いか?」 「ううん。平気」  彼は俺に唇を合わせる。ごく軽く、羽根のように触れた。  俺はベッドに身を沈める。  いまはただ静かに休もう。明日になったらまた、平和な一日がやってくる。
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