第16話 家庭内別居の妻

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第16話 家庭内別居の妻

11月に入った週末、土曜日。 昨日までの雨もやみ、気持ちのいい秋晴れの空が広がっていた。 そんな澄みきった青空の下でも、心が曇りモヤモヤした日々を送っている人は数多くいるのだ。 一見幸せそうにみえても、心の奥の悲しみは見えにくく、決して人には見せないと頑なに拒む人もいる。 いつものラクウショウ下のベンチでは、朝からノートパソコン片手に光が執筆を続けていた。 寒暖差で公園内の紅葉もすすみ、少しづつ暖色味を増している。頭上のラクウショウも赤く染まり、季節の移り変わりを知らせていた。 スポーツの秋ランニングをする人も多く、行き交う人の中にはナナにあいさつをしていく人もいる。 お散歩犬ともたくさん友達になり、光とナナは充実した新生活を送っていた。 コーヒーを飲んでひと息いれると、ひとりの女性が声をかけてきた。 「あら、かわいいラブラドール。女の子ですか?」 「ええ、ナナと言います」 「撫でても?」 「どうぞ、優しい人に撫でられるの大好きなので」 温かい眼差しでナデナデされると、すり寄ってあまえしっぽを振った。 「かわいい…実は先日飼っていた犬が亡くなって…ナナちゃん、そっくりなんです。なので生きてた頃を思い出して…つい…」 目に涙を浮かべ話す。 「それは…ご愁傷さまです」 「10年間、子犬の頃からずっと一緒に暮らしていたので…。私子供がいるのですが、授かり婚だったので急に結婚が決まり、実家から一緒に連れてきて息子とともに成長してきた犬だったので、わが子同然なんです。息子も兄弟のように思っていたので、まるで自分の半身がなくなったかのような喪失感で、今は立ち直れず勉強も手につかないんです…」 ペットロス症候群は、近年大きく報じられている。 核家族化がすすみ、人との関わりが希薄となる中ペットとの絆は家族同然に強まり、関係が深まる分失った時の悲しみ、喪失感は絶望となり、時に鬱状態まで引き起こす。 「うちね、家庭内別居中なんですよ」 「えっ?」 突然出た意外なワードに、思わず聞き返してしまう。 「夫は、元々愛情がなかったんでしょうね。私に対しても、息子に対しても…。子供ができて、仕方なく結婚して…。子育てなんてずっとほったらかしでした。子供と一緒に遊ぶこともなく、いつも仕事仕事で家を空けてばかりで。だからこそ飼っていた愛犬は私にとっては夫代わりの頼れる存在であり、息子にとっては父親代わりの大切な存在だったんです」 「そうだったんですね…、旦那さんはワンちゃんかわいがっていたんですか?」 「そうですね。犬は好きで散歩したり、ちょっといいドッグフード買ってくることなんかもありましたね。私達にはただ生活費を渡すだけで、父親としての役割は果たしてるからいいと思ってたみたいですけど。まぁいいマンションも買ってもらって、生活には困らないのでもう割り切ってますけどね」 「そのワンちゃんが亡くなった時は旦那さんどうされてたんですか?」 「あの人ちょうど出張中で留守だったんです。帰ってきた時はもう荼毘にふして、骨と遺影で戻っていたのですが…あぁそう、と一言だけいって、涙もみせず自分の部屋に行って仕事してました。その時思いました、この人はやっぱり血も涙もないんだと」 女性は冷たく言い放ったが、悲しそうな目をしていた。 「あっ、すみません…こんな話。初対面の人にご迷惑ですよねっ。なんでだろう、ナナちゃんがほんとシュンみたいで…あ、シュンって飼っていた犬の名前なんですけど…。家でもいつもシュンと話してたので、なんか…心がほぐれて…」 亡くなった愛犬を再び思い出し、女性は涙ぐんだ。 「こうしてこの場所で出会えたのも何かのご縁ですし、よかったら少し話していきませんか?シュン君の思い出も一緒に。コーヒー、いかがですか?」 保温ボトルのホットコーヒーを予備の紙コップに入れ、光はベンチの隣をすすめた。 ナナも促すように立ち上がった。 「それじゃあ、お言葉にあまえまして」 大人ふたりベンチに腰かけ、ナナは気遣うように女性の足元へ寄り添った。 光はノートパソコンを閉じ、ふぅふぅと一緒にコーヒーを飲みながら、女性の話に耳を傾けた。
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