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第13話 手を差し伸べてくれる人
「少し雨もやんできたから、お散歩行こうか、ナナ。今日はレインコートを来ていこうね」
クゥン♪
お出かけの気配を察知して、ナナはしっぽを振って喜んだ。
こげ茶の毛色に、黄色い犬用レインコートがよく映える。
光も撥水のウインドブレーカーをはおり、星空模様のビニール傘を用意した。
「雨の日の公園散歩もいいもんだね」
埃や大気の汚染を雨と樹々が浄化し、人々の罪も穢れも一緒に洗い流してくれたかのような清々しさ。
いつものラクウショウ下のベンチもびしょ濡れで、座る人はもちろん誰もいない。
ゆっくりゆっくり歩きながら、都会の中の自然を感じ、深く呼吸をする。
街中の森林浴。マイナスイオンを思いきり吸い込む。
呼吸が整うと、気持ちも落ち着き頭の中がクリアになる。
森林エリアを抜けて人気のない遊具エリアに来ると、何かに反応し、ナナがロープを引っ張り光を誘導した。
ワン!!
ナナが吠えるのは余程のことだ。
「どうしたの!? 一体何が…」
空気中のにおいを嗅ぎ、まっすぐ土管の遊具へ向かった。
ワンワン!!
何かを訴えるかのように、さらに鳴き声をあげる。
「ここに何が…誠くん!? どうしたの、こんなところで…」
「…あ…光兄ちゃんとナナ…。なんで…」
「小雨になったんで散歩してたら、ナナがここに僕を連れてきてくれたんだよ」
「そうなの…僕を見つけてくれたの…?ありがとう…」
大人にはかなり窮屈な大きさだが、光は土管にもぐり誠の元へ駆け寄った。
「こんなに身体冷えてる…おいで。何か温かいものを飲みに行こう」
昨日母親といた時のような明るさはなく、誠はまた最初に出会った時のように、生気がなく表情に影を落としていた。
光が先に土管から出ると、ナナは誠に寄り添い、冷たくなった頬をぺろぺろ舐めた。
「なんだよナナ、くすぐったい」
ペロペロペロペロ…
「もう、やめろって」
やっと誠にわずかだが笑みが戻った。
クゥン…
悲しげにしっぽも垂れる。
誠を心配している様子が見てとれた。
「おうちには帰らないの?」
「今は…帰れない。ママ仕事してるから。お客さん来てるから」
「そうなんだ…じゃあ後で家まで送るよ。その前に、なんかおやつ食べよう。この近くでペット同伴OKのドッグカフェ見つけたんだ」
クゥンクゥン
一緒に行こう、と言わんばかりに、ナナは誠の袖を引っ張った。
光は誠と手をつなぎ、公園を抜けカフェへ向かった。
ドッグカフェ『ワンだふる』
公園遊具エリアを出てすぐ左手にある。
ペットの専門学校が運営しているカフェで、セルフサービスのドッグシャンプーや、学生が腕を磨くために行っている格安トリミングがある。
他にもペット用品の販売や、ワンちゃんと楽しめるお食事が好評だ。
店内で使われている食器には犬や肉球のかわいらしいイラストが描かれており、気に入れば購入もできるという、犬好きにはたまらないお店だ。
「いらっしゃいませ。あら~ナナちゃんと三澄さん、こんにちは」
「先日はどうも」
実はこのお店、昨日見つけてすぐおじゃまし、人懐っこい光は案の定すぐ店員と仲良くなっていたのだ。
接客をしているのは、主に店長の坂江伊知子(さかえいちこ)だった。
明るくて元気の良いオバチャン…と本人に言っては叱られるであろう。話好きで気さくなオバサマなのだ。
「こちらは、三澄さんのお子さん?」
「いえいえ、僕独身だし。彼は友達の誠くんです」
「あら、そうなの!?」
「ナナの親友なんです」
「まぁ、じゃあ犬好きなのね」
誠はコクッ、と頷いた。
「それならうちの犬達ともいっぱい遊んでね」
カフェには看板犬も何匹か在籍していた。
白くて大きいモフモフのサモエドと、唐草模様のバンダナ首輪がよく似合う黒柴。そして小さなロングコートチワワと、大中小の犬の写真が飾られていた。
「黒柴の小五郎とチワワのレーズンは休憩中だけど、あのすみっこにいる大きな子がサモエドのサクラ。身体は大きいけど性格は控えめで、自分からはあまり出てこないけど、そっと近寄ったら甘えさせてくれるから」
誠はそっと、サクラに近付く。
怖がらせないようにかがんで手を下から差し出すと、躊躇していたサクラはその手をクンクンと嗅ぎ、ペロッと舐めた。
その後は小柄な誠を包み込み、自然とふたりは寄り添っていた。
「あったかい…」
ふわふわの毛並みに、安心しきっていた。
「サクラは保護犬なの」
「保護犬?」
「そう。飼っていた人が病気で長い間入院することになり、お世話できなくなって保護され、うちに来たのよ」
「そうなんだ…」
「世の中、困った時は誰かしら手を差し伸べてくれる人はきっといますよね」
光もサクラを撫でながら言った。
「そうね…確かに。もちろん、ペットは最期まできちんと面倒みるのが前提なんだけど、引越しやご病気などでどうしてもってこともあるし…。大事なのは、投げ出したりひとりで抱え込まないで、誰かを頼り、問題を解決していくことね」
大人達の話を、誠は神妙な面持ちで聞いていた。
「手を差し伸べてくれる人…」
その言葉が、誠の胸に引っかかっていた。
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