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第15話 二面性のある母親
ドッグカフェで心温まる時間を過ごした3人は、それぞれ各々に自分の目的地へ向かう時間となった。華未は夜のデリバリーの仕事へ出かけ、光は誠を自宅まで送ることにした。
「…帰りたくない」
誠はナナやサクラと離れるのを嫌がっている。
おそらく、帰りたくない本当の理由は別にあるのだが。
「ごめんね誠くん、ここも今日はもう閉店なのよ。また遊びに来てね!」
伊知子店長はあえて明るく声をかけた。
光は代金を支払い、ナナと一緒に誠を促した。
「家まで送るから、場所教えてくれるかな?」
ナナに服を引かれ、あきらめたように誠は外に出た。
雨は上がっていたが、雲に覆われ空はいつもより早い時間に暗くなっていた。
「夜ごはん、あるかな?」
「…わかんない」
「じゃあコンビニ寄ろうか」
「…僕お金持ってないよ」
「おうちへの差し入れに、僕が買うから。好きなの選んでね」
コク、と誠はうなずいた。
「いらっしゃいませー。あー、この前の親切なおにいさん!」
明るいギャル店員、今日も健在。
「こんばんは」
にっこり微笑んで挨拶すると、レジカウンターの中で大興奮。ナイスなキャラクターだ。
ナナは外でしばしお留守番。
「誠くんの食べたいものと、お母さんの好きなものこのカゴの中に入れてくれるかな」
無言のまま、おにぎりやパン、ホットケースの中のチキンなど、無造作に入れていく。
「さっきバナナタルト食べてたよね、甘いのも好きかな?」
「…好き、おいしい。めったに食べれないし」
「じゃあスイーツも入れとこうね」
冷蔵ケースの中から、シュークリームもふたつ取り出しレジに持っていく。
「袋どうしますかー?」
「あー、手土産なんで、今日は袋お願いします」
「りょーかいでーす」
語尾は伸びるが、手元は早い。
仕事はテキパキしているギャル店員、すごい。
ちょっと世間話などしてその場を去る。
「バイバイー、またねー」
誠にも手を振り、挨拶をする。
誠もそれに返すように、小さく手を振った。
その姿を見て、ギャル店員うれしそうに笑顔を向けた。
「よかった…少年、笑ってくれた」
影ながら、誠を心配し見守ってくれている人が、ここにもいた。
公園を抜け古い住宅街の一角にある、昔ながらのアパート。
踏むとギシギシと軋む階段。ナナもおそるおそる登る。
2階の一番端を誠は指差した。
「…あそこ」
「そうか、教えてくれてありがとう」
インターホンを鳴らそうとすると、張り紙が。
『こわれているのでノックか声かけをしてください』
コンコンコンッ
「こんばんわー、ごめんくださーい」
「…はーい」
少し間をおいてから返答があった。
ガチャッ
乱暴に開いたドア。
もちろん出てくるのは母親なわけだが、昨日とはかなり風貌が違っていた。
長い髪はボサボサで、無造作にポニーテールで結ばれていた。
首がヨレヨレになった薄手のトレーナーをダボッと着てワンピース風になっているが、伸びきった肩のところはブラの肩ひもが見えている。
ボトム類は身につけておらず、服が太ももの上あたりまでを隠しているが、下着のパンツが見えるかみえないかギリギリといったところだ。
目のやり場に困る。
タバコをくわえスパスパと吸い、煙を嫌がりナナは壁際に隠れた。
「あの、昨日公園で出会った三澄と申します」
「あぁ…」
「誠くんが公園でひとりだったので一緒に近くのドッグカフェで遊んでいたのですが、外も暗くなり帰り道あぶないので、送ってきたんです。あっ、これ差し入れです。誠くんと一緒に食べてください」
買ってきたものを差し出すと、途端に無愛想だった母瑠香の表情が変わった。
「わぁ、ありがとうございます!誠もいつもお世話になって…ほら、誠。お礼言いなさい」
「ありがとうございますっ」
母親の前では、途端にいい子になる。
「それじゃあこれで失礼します」
笑顔で礼を言い、そそくさと室内に入っていった。
ポカーン…
外で出会った時との大きな違いに、一瞬呆気にとられた光だったが、隅に隠れるナナの姿に我にかえった。
「ごめんね、ナナ。タバコの臭いダメだよね。きれいな空気吸い直そうね」
階段を降り、雨上がりの新鮮な空気を味わいに、ふたりは公園へと戻っていった。
「いっぱい食べ物もらったねー、よくやったよ誠!」
だらしない姿で、ビールを飲みながら瑠香はチキンを貪った。
頭を撫でられ、誠はうれしそうな表情。
「あの人金持ちそうだから、次はもっといいもんねだっておいで!あっはっはっ。ところで誠…余計なことは喋ってないだろうね…」
急に声色が変わる。
ビクッ
「ううん…うちのことは何も…」
「わかってるだろうね、ママやうちのことを誰かに話したら…」
瑠香は灰皿に置いていた火のついたままのタバコを、誠の膝の上に持っていった。
あと数ミリで直に肌につく距離。
既にじんわりと熱い。
「やめて…ママやめて…なんでも言うこと聞くから…」
灰がこぼれ、熱が薄い皮膚に伝わる。
「熱ッ」
「ママの言うこと聞かなかったら、おしおきだからね…」
「やめてーーー、いやぁーーー!!」
恐怖心で、おもらししてしまった。
「アッハッハッ、バカだねぇーコイツ!小学生にもなってションベン漏らしてやがるっ。汚ねぇからさっさと服脱いで風呂入りなっ。その前にその床も自分で拭くんだよ!さっさとしろクソガキッ」
そう言って、瑠香は空になったビールの缶を投げた。
カコーンッ
空き缶は誠の頭に当たった。
「やったねご命中ーーー!!」
高笑いする母親の隣で、息子は泣きながら自分の失禁の後始末をした。
臭くなった雑巾を握りしめながら、誠は自分がボロ雑巾のように、惨めで価値のないもののように感じていた。
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