第17話 家族という名の他人

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第17話 家族という名の他人

「最後に話したのは、2年前のクリスマスです…」 空を見上げ、当時を思い出すように話し出した。 彼女の名は小山文子(こやまふみこ)35歳。 赤みがかった茶色のボブに、軽くパーマをかけウェーブがかったヘアスタイルと、メイクの映える色白で丸めの小顔で年齢より若くみえる。 10歳になる一人息子と、前述の家庭内別居中の夫、正浩(まさひろ)の三人家族。 夫婦の出会いは十年前。大学卒業後、動物好きが高じてトリマー専門学校に再入学して勉強していた文子のバイト先居酒屋の常連客が、正浩だった。 8歳年上のインテリアデザイナーで、見た目もオシャレでセンスの良い大人の男性に見えたという。 「最初は取っ付きにくい感じの人だったんですけど、酔っ払いに絡まれてる時にさり気に助けてくれたり、貧血気味で具合悪くなった時に休むよう店長に言ってくれたり、寡黙ながらそっと優しくしてくれる人で…。そのうちデートに誘われ外で会うようになり、つきあい始めました。しばらくして息子を授かったのですが、その頃彼の仕事が軌道に乗りデザインした家具が雑誌などでも紹介され始め、忙しくなった時期と重なったのもあってか素っ気なくなって…。結局結婚式も挙げず、入籍だけ済まし出産。甘い新婚生活もなくすぐ子育てに終われ、徐々に彼とは心理的距離を感じるようになりました。食事を一緒にすることもなく、唯一家族が揃うのはクリスマスくらいになりました。というのも彼の家が厳格なクリスチャンで、その日は家族揃って食事するのが習わしだったのです。結婚記念日も息子の誕生日もそっちのけで…」 ふぅ… 駆け足で一気に語りだした。 「それはさみしいですね…。せめて息子さんの誕生日には一緒にお祝いしてほしいとお思いなのではないですか?」 「そうですね。息子が幼い頃はそれも言いましたが、結局急な仕事とかでドタキャンされてばかりで。息子も未就学の時はさみしがっていましたが、小学校にあがってからは諦めなのか慣れなのか、父親のことはあまり言わなくなりました」 …いろんな家庭があるものだ。 口にこそ出さないが、光は内心そう思った。 「ところで2年前のクリスマス、何かあったのですか?」 最後に話したのがその時。ということは、夫婦で同じ家で暮らしながらも、2年間一言も言葉交わさずというのは、想像しただけでもかなりしんどいことだ。 「あの日は…とても寒い日でした」 文子は年に一度家族が揃う日、朝から念入りにごちそうを用意していた。 オーブンでローストビーフを焼き、息子とケーキをデコレーションし、夫の大好物である焼き鳥を作ったという。 「焼き鳥?」 「えぇ、クリスマスのチキンではなく、焼き鳥。居酒屋の名物だったジャンボタレ焼き鳥が大好きで、それをまねて毎年作ってました。そこだけ和風なんですよね」 おかしいでしょ、と言わんがばかりに、文子はケラケラと笑った。 「珍しく雪も降り、とっても寒かった。日が暮れて真っ暗になった窓の外には近所の家のイルミネーションがチカチカ光っていました。あぁ、あの家庭はきっと幸せなんだろうな…家族が仲良しなんだろうな…そんなことを思いながら景色を眺めていました。時計の針だけが進み、21時を過ぎてもあの人は帰ってこなかった。当時8歳の息子はそれ以上待てなくて、先に食べてもらい待ちくたびれてすぐ眠ってしまいました。私はリビングの明かりを消して、クリスマスツリーとキャンドルの明かりだけでじっと待ちました。深夜0時になり、ついにクリスマスも終わったと肩を落とし、しばらく放心状態だった時に、やっとあの人が帰ってきました」 ガチャ 玄関で物音がし、リビングのドアが静かに開いた。 「…ただいま」 「ただいまって、今何時だと思ってるの?クリスマスの日も終わっちゃったじゃない」 静かに、怒りを湛えた声。感情を抑えながらも、声が震える。 「ごめん…仕事でトラブって」 「それでも、連絡くらいできるんじゃない?」 椅子から立ち上がり睨みつける。 両手は握りこぶしに力を込めて。 「あの子もずっと待ってたのよ。あなたにとって子供や私の存在って何?クリスマスだけは家族で過ごすんじゃなかったの?あなたにとって私達は家族じゃないの!?」 徐々に声のボリュームも上がる。 「…風呂入ってくるわ」 「はぁ!? 何それ逃げるの!? ちゃんと説明してよ!!」 「…それからです。あの人と口をきいていないのは」 話を聞き終わると、足元にいたナナが慰めるように、ペロッと手の甲を舐めた。 「はげましてくれるの?ありがとうナナちゃん。あの時もね、シュンが側にずっといてくれた。その時わかったの。夫なんて、家族という名の他人だって。子供は血のつながりがあるけど、夫は元々別々の人生を歩んできて、習慣も生活も趣向も違う人間が籍を入れれば家族認定されるだけで全くの他人なんだから、ただ一緒の家にいるお金を出してくれる同居人なんだって」 そう言いながらも、文子はどこか悲しそうな表情を浮かべていた。
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