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第25話 泣きたい夜も、ひとりになりたい夜もある
華未は、ひとり夜の街をさまよっていた。
デリバリーの仕事は自分のペースで働けるが、体調や体力を考慮して、週休2日はとるようにしている。
忙しくなるクリスマスを前に、身体を休めようと一日完全オフにし、朝からゆっくり過ごし日頃の疲れもあり、昼寝の延長で夕方から夜にかけてもベッドにもぐっていた時。
帰宅した同棲中の彼氏が起こしにくる。
「なぁ、お腹空いた。オレのメシは?」
(うるさいなぁ…)
聞こえてないふりしてやり過ごそうとするが、相手はとにかくしつこい。
年下ということもあるが、とにかく甘ったれで自分のことは何もしない。
華未のことを彼女というよりは、自分に都合の良い何でもしてくれるメイド的な扱いだった。
布団に乗ったり身体を揺さぶったり。それでも起きないことに苛立ち、ついにはフライパンを持ち出して耳元で太鼓のように大きな音で叩きだした。
「起きろっ、起きろっ、寝るならオレのメシ作ってからにしろっ」
これにはさすがに華未もキレた。
「うるさいな!こっちは疲れてんだからたまには一日中ゆっくり休ませてよっ。オレのメシはって自分のことしか考えてないだろっ。たまには逆に私の食事も買って帰るとかないわけ!?」
心地よい睡眠を妨害されると、大抵の人間は機嫌が悪い。本能の欲求を奪われるということは、それくらい辛い。
相手が空腹となると、こちらも生存本能に関わる緊急事態。いつもより怒りっぽくなるのは当然のことだが、ただでさえ日頃の関係が悪化してると、泥沼の展開に発展する。
「お前、なんだよその言い方!最近夜の相手もしないし、さては他に男ができたのかあぁっ!? もうオレみたいな面倒なヤツ捨てる気かよっ。お前助けてやったの誰だと思ってるんだよっ」
性欲も満たされていない血の気の多い若者は、理性が吹っ飛ぶと何をするかわからない。
突然馬なりになり、寝ていた華未の首元のパーカーの紐を引っ張り、首を締めようとした。
「ちょっ、何するのやめて!!」
「オレお前がいないと生きていけないから、オレのこと捨てるなら殺すからなっ」
「やめて…いや…」
恐怖を感じ必死に抵抗すると、華未は渾身の力を振り絞り彼氏を突き飛ばした。
「ゲホゲホッ、何すんのよこの人殺しっ。私はアンタの都合のいい女なんかじゃないから!ちゃんと心があって生きてるんだからっ。自分の思い通りにならないと暴力振るうなんて、アンタサイテーよ!!」
咄嗟に玄関のポールハンガーにかけていた貴重品の入ったポシェットとデリバリー用の厚手の上着を手にし、部屋を飛び出した。
(さむ…)
寝巻きがまだ外に出れるジャージ系でよかった。
そんなことを思いながら、トボトボとひとり暗い夜の街を歩く。
見上げれば街中でも、空気が澄んで瞬く星が見える。
その瞳から、涙が静かに流れていく。
悲しくてせつなくて、胸が痛くて。
行く宛てもなくどうしようもなく、気がつくと夜の公園を歩いていた。
寒さゆえ誰もいない冬の公園。
それが今の華未にはちょうどよかった。
ひとりになりたかった。
街灯に照らされたブランコに座り、ぼんやりこいでいるとついさっきの記憶が否が応でも蘇る。
(あんなことされるなんて、思ってもみなかった)
体力、体型的に優位にあるからと、男が女に暴力を振るい、有無を言わさず力で思い通りにしようとする。
その悲しい現実に、涙がとまらなかった。
今はただ絶望の中に沈み、何をする力も何を考える気力もなく、静かに泣きたかった。
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