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第29話 憎しみと恨みと呪いの言葉を吐き出して
「菜々子を失って、僕はこの世のすべてを恨み、呪った。なぜ心美しく善行を積み重ねてきた彼女がこんな酷い目にあい、理不尽な最期を遂げなくてはならなかったのか。世の中に神も仏もいない。僕は神仏さえも恨み、憎み、罵った。毎日泣いても泣いても、涙が枯れることはなく、こんな辛い経験をなぜ僕が、ナナが受けなくてはいけないのか。僕らはよっぽど前世で悪行を重ねてきたのか。我が身の運命を呪った。もしそうだとしても、現世の僕達は何の関係もないこと。時が戻るなら、悪魔にだってこの身を捧げるのに。暗闇で、毎晩のように願った。菜々子を返してくれ。未来がわかるのなら、あの日僕は決して菜々子とナナを外には出さなかった。仮病をつかってでも、ふたりを引き止めた。それができない凡人の悔しさ。犯人は精神を病んでいたことを理由に、情状酌量された。おかしいだろ?日本の法律は!殺人犯を庇い、被害者遺族の気持ちなんて軽んじている。裁判の日のアイツの顔を僕は今でも覚えている。判決が出た時、アイツは僕の顔をみて一瞬にやっと笑みを浮かべたんだ。責任能力がないなんてウソだ!あれは罪を軽くするための弁護士の作戦だ!アイツは復讐を遂げて、罪も軽くなり満足してる。誰も守ってはくれない。絶望でこの世のすべてを呪った。便乗してネットでも匿名をいいことに好き勝手言う奴らが野放しにされ、大切な人を失い傷ついた遺族をさらに追い詰める。ふざけんなよ!誰も彼もが何かしらの加害者になる可能性があることを意識しなければ、人間なんて簡単に罪を犯せてしまう生き物なんだ!誰の心にも、悪魔は存在するんだ…」
「三澄さん…」
今までの穏やかな印象とは違う、慟哭、激しい憎しみの感情。それは抑圧されていた、もう一人の三澄光。過去に生きる者。
「いっそのこと僕も菜々子の後を追って逝きたかった。絶望と恨みしかない、愛する人のいないこの世に何の未練もなかった。小説の新人賞で大賞をとって未来有望なんて言われても、地位にも賞金にも何の興味ももてなかった。無意識に屋上の柵から身を乗り出していたり、カミソリを手首に当てていることもあった。あの頃の僕は死神に取り憑かれていた。死ぬことだけを考えて生きていた。いや、心は完全に死んでいた。僕ひとりだったら、確実に死を選んでいた。だけどそれができなかったのは、いつも側に、ナナがいてくれたから」
クゥン…
光の話を理解しているのか、せつなそうにナナは光に寄り添った。
「僕がいなくなったら、ナナがひとりぼっちになってしまう。そりゃあ菜々子が勤めていたNPOの人達が保護してくれるとと思うけど、自分を助けてくれた菜々子を目の前で惨殺され、僕までいなくなったら、ナナは愛する人を何度も失い、せっかく手に入れた愛情や安らぎを突然奪われ、悲しみしか残らなくなってしまう。僕はこれ以上、ナナを悲しませたくなかった。それだけが、僕の生きる理由となった。今の僕がいるのは、ナナのおかげなんだ」
話を聞いていて、華未は涙がとまらなかった。
静かに、大きな瞳から溢れてくる。
どうして神様は、特定の人にだけこんなにも試練を与えるのか。
仏様は、苦しみを与えるのか。
悪人がはびこり、善人が息を潜めなくてはならないのか。
どうしてどうしてどうして
言葉にできない、歯がゆい想い。
華未は思わず、光の首元を抱きしめた。
「もうそんなに、ひとりで苦しまないでください…」
「華未さん…?」
「ご自分を、責めないでください…。わたしなんかが何か言える立場じゃないんですけど…」
ヒック、ヒック、ウゥ…
ただ泣くことしかできなくて
けれど一緒に泣くということは
悲しみに共感していることで。
相手にとっては、それは自分がひとりじゃないと
気づくことで。
「ナナちゃんも、辛かったね。でもね、酷い人間ばっかりじゃないから。痛みを知っているから、同じ気持ちの人がわかるんだね。」
華未をみつめて、ナナは体を寄せて、小さく尻尾を降った。
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