第6話 泣きたくても泣けないOL

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第6話 泣きたくても泣けないOL

秋晴れが続く日々、光は自宅前の公園で見つけたお気に入りのベンチで作業をするようになった。 保温のマイボトルにホットのブラックコーヒーを入れ、傍らには1口サイズのチョコレート。 赤いカバーのコンパクトなノートパソコンが、彼の仕事道具。頭の中に描いた世界を、文字で表現して伝えていく。言うなればワードワールドだ。 日光を浴びることで、頭が活性化し気分も上がる。 室内にこもって執筆するより余程はかどるので、このスタイルが気に入っている。 執筆中、ナナは基本足元でおとなしく座っている。 時々芝生をそよぐ風の音や、小さな虫に反応し瞳や鼻を動かすが、決して散歩中の他の犬や人に吠えたりはしない。 ウォーキングをしている犬好きな人達の中には、足を止め話しかけたり挨拶してくるひともいる。 気さくな人柄の光は誰に対しても分け隔てなく接し、ほぼ毎日同じ場所にいることからすっかり公園の人気者となりつつあった。 ナナも素直でおとなしい性格なので、犬友がたくさんできた。 ナナに会いたくて、毎朝散歩途中に寄ってくれる小型犬の友達もいる。 小さな犬も怖がらず近寄れるくらい、ナナは優しさと愛情あふれるオーラに包まれていた。 ある日の昼食時。 今日は自宅で作ってきたサンドイッチを持参。 正午を過ぎると、近隣のオフィスの社員達が公園へランチに訪れる。 気候も良い時期、徐々に色付く樹々を眺めながら、外で食べるのは気持ち良いだろう。 あっという間に園内のベンチが人で埋まる。 そこへ、お弁当を持ってキョロキョロと、空席を探している人がやってきた。 「あの、よかったらここ、いいですよ」 光は自分のベンチに手招きした。 ラクウショウの下の特等席ベンチは大きめの2人がけで、間には肘掛けの隔たりもあり、他人同士でも座りやすい。 「あ、ありがとうございます…」 白いブラウスに膝丈黒のタイトスカート。 黒く長い髪を後ろで結び、前髪を横に流しナチュラルメイク。近くのOLさんだろうか、きっちりとした装いだ。 いきなり知らない男性に声をかけられ少し躊躇していた女性も、ナナがいたことで表情が緩み、ベンチに腰掛けた。 「犬、大丈夫ですか?」 「えぇ、動物大好きです。かわいいですね、女の子ですか?」 「そうです、ナナって言うんです」 「かわいい~ナナちゃん。撫でてもいいですか?」 「もちろん」 頭を優しく撫でると、ナナは瞳を細めしっぽを振って喜びを表した。 「よかったね、ナナ。かわいがってもらって」 「お昼時は空いてる場所探すのも大変なんで、助かりました。ありがとうございます。おまけにかわいいワンちゃんに癒されて最高です」 「ナナも、やさしい人に出会えて喜んでるみたいですよ」 「やさしいなんてそんな…」 少し表情が曇ったことを、光は見逃さなかった。 「さて、お昼いただきます」 手をおしぼりで拭くと、袋から小さなお弁当を取り出した。 コンビニのミニそぼろ弁当と、緑茶。 「僕もランチ、いただきます」 紙袋から取り出した手作りサンドイッチは、萌え断のカラフルなベジサンド。 ナナも一緒に犬用おやつの、野菜味ガムをかじっていた。 食べながら、自然と世間話を交わす。 「僕は三澄光と言います」 作家ということを話すと、珍しい職業ゆえ相手はほぼ驚く。 「いいなぁ、自由業。人間関係のしがらみとかないですよね…」 女性の名は古田沙羅(ふるたさら)32歳。 近くの学習塾の総務部勤務。 彼女はとても疲れていて、食事も喉を通らない様子だった。 時々ため息もこぼれる。 「仕事、大変みたいですね」 「えぇ…、職場にいると息が詰まりそうで、せめて昼食の時くらいはひとりになりたくて、外に出ているんです。すみません、初対面でこんな重い話…」 「いいんですよ。ひとりで抱えこんでいたらしんどいですよね。僕でよければ話してみてください。居酒屋の主人とか占い師みたいに、第三者にだからこそ話せる場合もありますよね」 「三澄さんが居酒屋さんとか占い師…プッ、すみません、変な想像しちゃいました」 「おつまみか水晶玉持ってきたらよかったですね」 笑いでその場を和ませると、沙羅はふぅ…と呼吸を整えて、胸の内を明かした。
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