旧校舎さん

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旧校舎さん

それから裕司は土日を除いて毎日、旧校舎へ入り浸る様になった。 名前も知らない彼女の願いを聞き入れる事にしたのだ。 裕司はノートの相手を【旧校舎さん】と心の中で呼ぶようになっていた。 裕司と旧校舎さんの言葉のやり取りは徐々に他愛もないモノへと変化していった。主にこの旧校舎であった出来事やちょっとした冗談なんかも混じえるようになり、二人の距離は確実に近づいていく。 ノートでのやり取りをする毎に相手の事が少しづつだけど分かっていった。 まず、彼女はとてもこの学校に詳しい事、そしてこの学校が凄く好きなんだと裕司は感じた。 裕司:『旧校舎さんは、どうやってここに入ってきてるだ?やっぱり秘密の裏口から?』 彼女:『旧校舎さん?秘密の裏口って何の事?』 しまった。 常日ごろ、彼女の事を旧校舎さんと呼んでいたからかノートにそのまま書いてしまっていた。裕司は一人赤面する。 裕司:『実は、君の事を旧校舎さんって勝手に呼んでたんだ。あだ名みたいなものだと思ってくれ。もし気に障ったらごめん。なんて呼んだらいいかな?あと秘密の入口は保健室の建付けの悪い窓の事。』 彼女:『謝らないで。私、あだ名なんて初めてだから驚いてしまっただけ。凄く嬉しいわ。旧校舎さん、凄く気に入った。ありがとう、亡霊さん。あと保健室の窓開いたのもびっくり、この学校で新しい発見がまだあるなんて思わなかった。』 彼女はどうやら【旧校舎さん】というあだ名を気に入ってくれたみたいで裕司はホッとした。 それとなく、名前も聞いてみたがスルーされてしまった。 まぁ焦る事も無い、今はこの距離感が案外心地が良いと裕司は思っていた。 裕司:『好きな食べ物は?俺はカツカレー。』 彼女:『特に無いけど、私は皆が美味しそうに食べてる笑顔を見るのが好き。あとカツカレーって食べた事無いから、いつか食べてみたいな。』 裕司:『いつかなんて言わないでさ、旧校舎さんも、食べてみてよ。学校近くの【モンブラン】って喫茶店のカツカレーが本当に美味しいんだよ。もし良かったら』 ここまで書いたところで裕司は『もし良かったら』をボールペンで黒く塗りつぶした。 彼女を食事に誘う勇気があと一歩出なかった。 彼女:『【モンブラン】さんかぁ。いつか行ってみたいな。亡霊さんは物知りさんなんだね。私もいろんな所へ行ってみたい。』 彼女は、あまり外出を許してもらえない家庭なのかも知れない。 裕司:『別に物知りなんかじゃないよ。もし、嫌じゃなかったらで良いんだけどさ。今度一緒に行こうよモンブラン。そしてカツカレー食べようよ。お勧めの食べ方もあるんだ。』 一度は諦めた食事の誘いだったが、裕司は勇気を振り絞ってノートに書き込んだ。 緊張で指先が震えたんだろう。字がいつもの何倍もヨレヨレに見えた。 彼女:『ありがとう。行ってみたい。約束だよ。』 裕司は、小さくガッツポーズをした。 彼女とのノートのやり取りは気付けばもう2ヶ月程経過していた。毎日、一言、二言のやり取りもここまで続くと様になってくる。ノートの半分くらいは埋まっていた。 顔すら見た事が無い相手との言葉のやり取りはとても不思議な体験だった。 文通と言うほどの内容は無くても、お互いに相手の返事を心待ちにしているのが伝わる。 気付けば、裕司は恋をしていた。
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