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「え、天国に帰っちゃおうとしてたの?」
「そうよ。……そうしたら、この世界の嫌なこと、全部なくせると思って。それじゃあ、根本的には何も解決しないのにね」
彼女の話の全てが、理解できたわけではなかった。ただ、天使様にとっては、天使であることより、学校の先生になることの方が素晴らしいことだと思っていたらしい。
確かに、人には向いてること、向いていないことがある。向いていないお仕事をするのは辛いことだと僕も思う。僕だって、体育は大好きだけど算数は嫌いだ。ずっと算数だけやってろって言われたら嫌になって逃げたくなってしまうだろう。
「ねえ、先生になれる試験って、もう受けちゃだめなの?」
僕は彼女をまっすぐ見つめて言った。
「天使様、先生にすっごく向いてると思う。だって、僕の話ちゃんと聞いてくれたし、校長先生にもお願いしてくれたでしょ?槇村先生に怒ってるのだって、僕達のこと、思ってくれてるからだよね?」
「それは、そうだけど……」
「あとね、今はね、学校だけじゃなくて塾の先生とかもあるって聞いたよ!いろんな先生があるんだって。天使様は、きっと、たくさんの子を助けるお仕事が向いてると思う!」
言ってから、なんだか天使様相手にかっこつけたことを言ってるなあ、と気づいた。段々恥ずかしくなって俯く僕。すると、彼女は。
「……摩央くん」
どこか泣き出しそうな声で、言うのだ。
「貴方は、私を天使だと言ったけど。……私にとって、貴方の方が天使みたいだわ」
「え、なんで?」
「だって、私を助けてくれたもの。……そうね。もう何もかもどうでもいいなんて、自分なんて価値なんかないって、全部捨てちゃえばいいなんて……そう思うのは、あまりにも早かった。孝明おじさんだって善意で私にこの仕事を紹介してくれたのに、私はなんてことを……」
「孝明おじさん?」
尋ねてから、そういえば校長先生の下の名前がそんな名前だったような、と気づいた。
何で僕が、天使なんてことになるのか。助けたといっても、僕は彼女の話を聞いただけだというのに、いまいちよくわからない。
首を傾げる僕に、彼女は僕の頭をぽんぽんと撫でて言ったのだった。
「もう一度、頑張ってみる。……頑張れるようになるまで、暫く……お昼休みに時々、私とここでお話してくれる?」
「いいよ、天使様!」
「ふふ。あのね、摩央くん。私の、名前はね……」
彼女の正体がなんだったのか。僕が理解できるようになるのはもう少し後になってからのことだった。
彼女との交流は、その後数年続いた。彼女は“天使”とは違う仕事を見つけて、今もそこで働いている。
『摩央くんへ。
今度久しぶりに、ご飯でも一緒に食べに行きませんか?』
年賀状に書かれていたメッセージと、メールアドレス。
高校生になった僕は数年ぶりに、彼女と会う約束をした。
天使でなくなった彼女はきっと、あの頃よりずっと輝いていることだろう。
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