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父ちゃんのことを知ったのは、流れ者の占い師に「掃除していない場所を探しなさい」と言われたからだ。すると防空壕の名残の隅で手紙を見つけた。父ちゃんの住所と名前はそれでわかった。母ちゃんと結婚する約束を裏切ったこともそこに書いてあった。
だったら約束なんて。父ちゃんとのそんなもん、何で守る必要がある。
東京のエラい人の娘と結婚した父ちゃんが、この村にいっぱいお金を払った。それで母ちゃんと僕の面倒を見てくれって。
だからだったんだ。家の中に、どう見たってうちの暮らしに不似合いな三種の神器がそろってる。洗濯機、冷蔵庫、テレビ。母ちゃんの刺繍の内職と僕が近所の田畑を手伝うだけでは、とても買えない代物だって小学生の僕でもわかる。
村全体にも、学校のプールだとか運送のトラックだとか、村祭りにも派手な花車とかご馳走とか。寄付ってのをいっぱいもらったせいらしい。村祭りの夜、酔っぱらった大人たちが「月がとっても青いから~♪」と大声で歌い踊りながら、そんなことを漏らしたのを聞いた。
その代わり、僕には父ちゃんはいないということにする。絶対に名前や住所を知らせないように。それが、父ちゃんとこの村との約束。
ボロ靴は、僕が言わないから買い換えてないだけだ。言えばすぐその分の金か実物が送られてくる。望めば本でも筆でも机でも。そういうこと一つ一つに、僕は不自然さを感じていた。手紙を読んで全部合点がいった。
「僕も母ちゃんも、父ちゃんに会っちゃいけねえのか?」
「もちろんそうだ」
「それがお前らのためだ」
村の大人たちがみんな言う。いつもごはんを作ってくれる隣のおばちゃんも、僕が田畑を手伝うおっちゃんも、分校の先生も、うちに来てくれるお医者も。母ちゃんさえそうなんだ。みんな「行っちゃいけない」って。
けど。
きっと会いたいと思ってる。会いたくないわけがない。なら、会わせてやりたい。
そう思ってしまう、僕がおかしいのか?
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