天使の翼を忘れないで

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俺には人間の背中に生えている翼が見える。そのことを誰にも打ち明けることなく今まで生きてきた。打ち明けたところできっと、誰も信じてはくれないだろうから。 翼はすべての人間に生えているわけではない。むしろ一握りだ。そのことを俺は経験上知っている。産まれたばかりの赤子には必ず生えているのだが、物心がつくにつれ剥がれていき、小学校高学年になる頃にはだいたいの人間は翼を持たなくなってしまう。残念ながらと言うべきだろう、俺も翼を持たないマジョリティ…とっくの前に剥がれ落ちてしまっている。今まで何度鏡を見て確かめたことだろう。 いったいどういう事情があって、翼を持たざる者と持つ者に分断されるのか――それは長年の疑問だったのだが、まさか自分の息子に気付かされることになろうとは思いもしなかった。 ※ 息子のマモルは中学一年生になって間もなく学校で一切言葉を話せなくなってしまい、支援学級に頼ることになった。家庭では問題無く話せたが、学校等集団生活の中ではどうしても話すことができない。専門家によると、病名をはっきりとは特定できない精神的な病とのことだった。原因についても特定することは難しく、様々な要因が複雑に絡み合って発症してしまうようだった。 その支援学級の授業を初めて見学に訪れた時のこと。そのクラスは、翼の生えていない者が一人もいなかったのだ。中学生にもなると、翼が跡形もなく剥がれ落ちてしまうのが普通だ。それなのにこのクラスでは全員(三十人程度)に翼が生えている。十人十色、それぞれ自分に合った鮮やかな色を纏っている。翼を生やして授業を受ける生徒たちはまるで天使のように見えた。それだけではない。生徒だけではなく、支援学級の先生にも翼が生えている。 見学の後、先生と話す機会があった。 「マモルさんにとって、このクラスはきっと居心地の良い環境になるはずですよ。境遇の似ている生徒ばかりですから。みんな相手の気持ちを最優先に考える優しさの持ち主ばかり」 「結構たくさんいらっしゃるんですね」 「精神的に何らかのハンデを背負う若者はここ数年増加傾向にあります。個人的にはいっそみんながを持つ世界になってくれればと思っている所です」 「翼…?先生もしかして、翼が見えるんですか?」 「もちろん。あなたにも生えているのが見えます。素敵なブルーウイングですね」 先生に指摘されて初めて、自分にも翼が生えていることがわかった。どうも自分では見えないらしい。同時に翼にまつわる全ての疑問が解決する。マモルの剥がれ落ちた翼が、中学校への入学に合わせて回復傾向にあったこと。大人になるにつれて翼を持たざる者と持つ者に分断されていくこと。すべては何らかの精神的ハンデを背負うか否かにかかっているらしい。 俺自身社会人になってから仕事がうまくいかず、一度は休職した身。その過程もあり今でもまだ精神科に通っている。まず間違いなく休職した頃に翼は回復したのだろう。自分では確かめようのないことが口惜しいが、翼を持っていることがなんだかとても誇らしく思えた。  そして”ブルーウイング”は息子ともペアルックだ。血を引いてるだけあるなと納得する。 これから翼を持つ者が増えて、相手に寄り添うことが当たり前の、より温かみある世界が訪れることを望んでやまない。   【了】 
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