あの国へ再び

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あの国へ再び

 飛行機のタラップに足を着いた 市原慎二は懐かしそうに空を見上げた。  この異国独特の乾燥した空気を肌で感じると、 そっと目を閉じた。  「なんか、故郷に帰って来たって 顔してるぜ」東栄太が呟いた。  「ああそうだな……この国、いやこの土地に 足を踏み入れるのは八年ぶりだから」  「八年? そうか……あの事件の一年前に おまえはこの国にいたんだな」  「そうだよ。ここで色んなことを経験した」  「悪いことオンパレードだろ?」  「まぁ……そういうことだ」  「で、香港に移動して本格的に始動を 始めたってとこか……」  「ご名答」市原が呟いた。   日本国より経歴不問の特別捜査官の 任を下された市原と東は早々に 行方不明の海の捜索と『Queen』に 繋がる手がかりを探しにこの地を訪れていた。  二人は、空港を出るとタクシーに乗り込み 繁華街にある飲食店に入った。  「なぁ、市原……」東が話かけた。  「なんだ?」  「おまえさ…… 如月さんの前では敬語だったろ?」  「ああ、そうだ。だから何だ?」  「如月さんには敬語で、 何で俺にはタメ語なんだよ?」  東が口を尖らせると、クスッと笑った 市原が、  「そういうとろこだよ…… これからは暫くの間、バディとして苦楽を 共にするんだからさ」  「まぁ……年も変わらないから、 仕方ないな……それに、俺は英語しか話せない。 この国の言語での会話はおまえが頼りだからな」  「光栄です。東さん」  そう言うと市原はビールが注がれたグラスを 目の前まで上げた。  「じゃ、今夜だけは乾杯としますか」  カチャン……カチャン。  二人のグラスが重なる音は、店内の賑わいで すぐにかき消されたのであった。  
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