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「赤に赤だと……干渉しますかね」
「え?」
ピアノの側にいた新井さんが私のそばに来て、同じように窓を見上げた。
「赤?」
「夕日の赤です」
「なるほどね。ここからどれくらい夕日は見えるのか、沈むまで待って見る必要があるかもしれないね」
絵を描く人はきっとどんな場所に絵が展示されるかなど考えて作品を創ったりしないだろう。でも、ステンドグラスはそうはいかない。窓に設置するステンドグラス作品は平面アートのようでいて、空間アートだ。作品は周りの環境に強く影響され、そして影響を与えもする。
夕日の赤い色は、ステンドグラス越しに作品に影響を与えるが、ステンドグラスを通して部屋に届くほどではない。部屋に入ってくる光は、真昼の光よりはやや黄色みや赤みを帯びてはいるが、真っ赤なわけではないから。
「借景という考え方がありますけど……もし夕日がここからはっきり見えるなら、それ込みで作品をデザインするのもありですかね」
「面白いけど、難しだろうね。太陽の通り道は季節で大きく変わる。一日ごとだって変わるわけだから」
「確かに、そうですよね。でも、この小学校が夏のトリエンナーレの期間しか公開されないんだったら……」
「それは、ありかもね」
実際に手を動かして作品を創る時間も好きだけれど、デザインを頭の中で組み立てる時間も楽しい。なにもない空白から、少しずつイメージが頭のなかでできていく。
頭のなかで作るデザインは、紙の上に落としたものよりあいまいで、消えやすい分、自由度が高い。全体を赤く塗ることも、それを黄色に変えることも、瞬間的にできる。
「夕日の赤を生かすなら……むしろシンプルで、控えめな色遣いのデザインがいいですよね」
紅葉の赤が効いているデザインの場合、夕日の赤は差し色にはならない。
「そうだね。……控えめな色の作品の方が、夕日の赤は映えるね。……それが作品単体で成り立つかどうか、だけど」
「ですね」
この音楽室が解放されるのは、十時から十八時までだと聞いた。夏の十八時は、ぎりぎり夕日が見えるかどうかの時間だ。つまり、公開時間のうち、夕日が見えるのは、数パーセントの時間だけということになる。
「諦めますかね……」
「いや、百パーセント見えないならやめるべきだけど、数パーセントでも見えるなら、やってもいいんじゃない? 夕日目当てにその時間に人が殺到したりしたら、トリエンナーレの話題作りにもいいよ」
「なるほど、そうですね」
そう言ったあと、私は素直に思ったことを口にする。
「新井さん、変わりましたね」
「え? そう?」
「前はそんなマーケティングみたいなこと、全然考えるタイプじゃなかったのに」
「あぁ、そうか」
「はい。新井さんは、もっと“職人”って感じでした」
「変わらないと、やっていけない部分もあるからね。……特に独立したら、一人で全部やらないといけないし」
「そうですね。……あ、でも、それは全然、マイナスの変化じゃなくて、良いことだと思います」
私の必死のフォローに、新井さんは柔らかく笑った。
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