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ドアの内側に下げられたベルがカランコロンと鳴り、奥のカウンターにいた母と同年代くらいの女性が顔をあげた。
もう1人いたが、奥の方へ行ってしまったようだ。
『いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。』
初めての場所に緊張している私を包み込むような笑顔と声が店内を見回す余裕を与えてくれた。
右側の壁1面が本棚になっていてギッシリと本が詰められている。左側の大きな窓側には2人用のテーブルが5つ並んでいて高齢の男性が手前のテーブルで珈琲を片手に単行本を読んでいる。
私はカウンターに近いテーブルを選んだ。
『来ていただいたのは初めてですよね?本はご自由にお読みくださいね。』おしぼりとお水とメニューが置かれる。
焼き菓子と珈琲と紅茶だけのメニュー。本当に本を楽しむ場所なんだと理解した。
立ち上がって珈琲とマドレーヌを注文し、本棚に本を見に行く。
背表紙たちを眺めながらワクワクしてきた。
単行本は国内も海外も好きな作家ばかり。絵本や子どもの頃に何回も読んだ児童文学。星や月の写真集と宇宙の図鑑。
ハードカバーのコーナーで何となく見覚えのある題名の本を手に取った。
表紙は雲に飲まれそうな月の写真に白い文字で“月夜が見せる夢”と書いてある。この写真も見たことがある
しかし裏表紙のあらすじを見ると、読んだことのある本ではなさそう。作家さんも知らない。
これにしよう。
席に戻ると珈琲を運んでくれた。無駄に話し掛けず私の様子を見ながら用意してくれたことに感激した。
柔らかすぎない背もたれと窓から入る乾いた空気。微かに聞こえる昔のソウルミュージック。
素敵すぎるシチュエーションに忘れていた感覚を思い出してきた。
学生時代、図書室で本を読むのが好きだった。高校3年では図書委員の委員長もやったわ。
携帯より紙の本に拘ってた。表紙の手触りやページをめくる感触が大好き。
隙間時間…大学で知り合った海吏を待ち合わせで待つ時間も読んでたな。
だけど就職して1年半、毎日の慌ただしさと積み重なる疲労ですっかり本から離れてしまっていた。
週末を一緒に過ごしていた海吏とは先月お別れした。泣くのはもうおしまい。また本をたくさん読もう。
珈琲の香りを深呼吸で吸い込み、一口飲んで本を開いた。
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