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4分の1くらい読み進んだところで顔を上げるとお店の照明がさっきより明るく見えた。窓を振り返るといつの間にか閉められていて、コスモスがオレンジ色に染まってる。そういえば男性客が帰ったのはいつだっけ。残っているのは私だけだ。
こんなに読書に集中したのはいつぶりかな。
本の内容はままならない現実に絶望し自ら寝たきりになることを選んだ高校生の男の子が、ベッドから見える月に誘われて夢の中で旅をする物語。
夢だから、としながらも人との出会いに感情を揺さぶられる主人公が胸を打つ。
やはり読んだことはなかったが、この本について思い出したことがある。
本を閉じてボンヤリと余韻に浸っていると、店主さんがポットを持って近づいてきた。
『まかないのコーヒーでよかったらどうぞ。』すっかり乾いてしまったカップに熱い2杯目を注いでくれた。
『ありがとうございます。長居してしまって…』
『いいのよ。落ち着ける場所になれたことが嬉しいわ。』
『…本も音楽も椅子もコーヒーもドアも、すべて素敵です。』と私が言うと静かに微笑み、ステンドグラスで出来た入れ物をカウンターから持ってきた。
『ぜひまたいらしてね。これを差し込んでいって。自分のしるしを書いてね。』
入れ物には月のある風景写真を透明フィルムに印刷して作った栞がたくさん入っていた。
『うわぁ…綺麗ですね。手作りですか?』
『あ…ええ…。』
なぜ少し言い淀んだんだろう?とても素敵なのに。
三日月が海に反射している写真のものを選び、勇気を出してお店に入ってみて良かったと出会いに感謝しながら“凛月”と自分の名前を書いた。
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