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呉服の伊勢屋は、神田明神のすぐ近くに店を構えていて、近くの神社や武家を始め、町人にも得意先をもっていて、繁盛していた。そこの主人から、『美野さんは、いい腕をしている』と見込まれ、定期的に仕立物の注文をいただいていた。
伊勢屋は弥吉の家から子供連れでも四半時(約三十分)もかからずの距離にあり、まだ夕餉の支度にも十分余裕があったので、小春といっしょに出かけたという。
行きがけに小春の友だちにお手玉を二つ渡す。
このお手玉も美野が着物の端切れで作ったものであったが、色合いもきれいで縫い目も隠れており、見事なできであった。
伊勢屋の番頭、宗次に『美野さん、これは見事な出来ですな。どうですか、うちで扱いますから、店にだしませんか』と言われたことがあった。だが、『そうですね、結構な手間で、そうたくさんは作れません』と断ったことがある。
美野が伊勢屋の裏口から入って、番頭を呼んでもらって出来上がった着物を届けようとしたとき、小春が『あたし、ちょっと明神様に行って遊んでくる』と言って、店から出て行った。
美野もすぐ終わるからと小春を待たせようとしたが、番頭が次の依頼を持ってきて、注文主の意向を小春に話し始めた。さほどの時間でもないし、ここ伊勢屋に来る度に小春といっしょに明神様にもお参りしていたこともあって、美野は安心していた。
「他に行くんじゃないよ。母さんもすぐに行くからね」と言って、小春をひとりで明神様に行かせた。
美野は用事がすむとすぐに小春を迎えに明神様へ迎えに行ったが、姿が見えなかった。
まだ、日暮れにはいくらか間があったが、境内に入ると木々の影で薄暗くはなっていた。お参りする大人に混じって、小春くらいの子供たちも七、八人、石けりや鬼ごっこなどをして遊んでいた。
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