紅梅が咲くころ

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 腕のいい大工職人であれば月に二から三両は稼げる。  庶民が住む九尺二間(間口九尺、奥行き二間、全体で六畳。そこに四畳半の畳の間と一畳半の土間部分にかまどがある)の裏長屋の店賃など、月に五百から八百文程度。時代によっても異なるが四千文で一両となると、家賃は高くて一両の五分の一程度となろう。一両か一両半もあれば、贅沢しなければ夫婦と子供一人が暮らしていける。  百七十両といえば、庶民の十年分もの生活費となる大金である。  惣兵衛としても、日ごろからそんな金を手元に置いてはいないが、近々、松上藩の中屋敷の造園工事を頼まれていて、そこで使用する植木や庭石、灯篭などの仕入れに必要な金の一部を前払金として受けていた。その金が八十両ほどであった。  惣兵衛が起きだした時、女房のおゆみが『お前さん、玄関からずうぅと誰かの足跡がついているんだけど』という声に飛んでいく。  昨夜は雪など積もっていなかった。もし朝早く人が来たとすれば、それは何か特別な用事があることだろう。それで玄関戸を叩かないで帰ることなどあり得ない。  惣兵衛は玄関から外に出て足跡を目で追う。確かに数人が行き来した証がはっきりと残っていた。 「さては」と小さく言葉を吐くと、惣兵衛は慌てて家に引き返し、寝間の隣室の物入れを調べる。金箱がなくなっていた。  惣兵衛はその場に腰砕けになる。枕もとに置いとけばよかったと後悔しても遅い。すぐそのあとで、もし、賊が近ごろ騒がれている『黒雲』の仕業であったら、命が危なかったということもあったかなと思いなおす。  すぐに使用人の仙太に、岡っ引の弥吉に知らせろと使いを出す。
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