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紅梅が咲くころ
不忍池の近く宮永丁に住む岡っ引の弥吉は、今日も神田は同朋町の庭師惣兵衛の屋敷に入った泥棒を追っていた。
同朋町には、代々将軍に仕え雑務を担当している者のなかで、特に芸能に優れた相阿弥の血筋を引く者が多く住んでいる。戦国の時代には将軍に同行し、歌や茶などを振る舞い、武士たちの心を和めていたという。その名残か、今でも茶道や猿楽能、絵画や歌を将軍に披露している。
惣兵衛もその血筋にはあるが、茶や歌は座敷仕事だと鼻にもかけなかった祖父から続く、造園をやっていた。仕事は、付近の神社や寺、あるいは諸藩の江戸屋敷の造園、手入れなどを手広くこなし、結構裕福な生活をしていた。
この惣兵衛の屋敷に泥棒が入ったのは、半月ほど前のこと。宵の口からのみぞれが夜半には雪に変わっていた、そんな寒い日の朝のことであった。
その日、屋敷には惣兵衛夫婦と廊下の先に十七歳になる娘のお八重が寝ていた。その隣には、台所仕事を担当する女中のお種。そして廊下伝いにある離れに使用人二人が寝起きしている。使用人はもちろん主人の仕事・庭師を手伝っていて、二十六になる徳治とまだ見習いの身である十八になる仙太である。
ただでさえ冷え込みが厳しいところに、暁の七つという時刻は、誰もが夜具を頭からかぶって熟睡している。盗賊が三、四人忍び込んでも、自分が寝ている枕もとでない限り、誰も目を覚ますことはなかった。
泥棒は、みなが寝静まっていることをいいことに、主人夫婦の寝間の隣の部屋に隠してあった金箱ごと、百七十両を盗んでいった。
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