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突然、彼方が立ち止まった。あたしは驚いて苔むした岩に衝突する。静謐な世界を覆すかのように、赤い染みが生れる。
傷ついた膝を庇いながら、あたしは動かない彼方の隣へ腰を下ろす。
「え?」
深紫色の蝶々が目的地を選ぶことなく枯れた泉の周りを浮遊していた。生きていくために必要な水を失った生物が既に朽ち果てて骸を曝け出している。
その姿が、あたしの「それ」と重なったのは一瞬のこと。彼方はあたしの顔を見て、寂しそうに笑う。そして血で汚れたあたしの膝を見て、身体を屈める。
「駄目ッ!」
あたしはちゃんと否定した。拒否した。それなのに。
彼方はあたしの汚い血液を、桃色の舌で舐めとってしまった……
「駄目じゃない。消毒」
「知ってるくせに。どうしてそこまであたしを苦しめるの?」
「貴女だけが苦しむ姿を見たくないからですよ」
まるで、心を読んでしまったかのように、彼方はあたしに答えを渡す。その答えが、あたしを余計苦しめているというのに。
「だって……」
「貴女は美しい。いまも」
「んぁ」
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