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そう言って、乱れた髪を撫でる。切ることも禁止されていた長い髪の毛を、彼方が丁寧に手櫛で梳かす。
「思い出してください、×××。わかりますか、僕の名前」
懐かしい言葉。懐かしい呼び名。懐かしい……
?
「あ。ああぁ」
冷たい頬に、一筋、温かい透明な液体が零れる。
それは、徐々に大きな流れになり、堰を切って激しいものへと変わる。
言葉にできなかった。伝えようとしても声にならなかった。
それだけ、あたしは絶望していた。
「彼方に抱かれるだけじゃ、ダメなの?」
実験ですべて忘れてしまった。白いコートを買ってくれた元恋人。どう呼びあっていたか、名前。覚えてない。
これも絶望の正体なのだろう。
地面に作られた塩辛い水溜りに、あたしの泣きはらした顔が映る。
「覚えてないのなら、死んだも同じじゃない?」
涙を拭わないで、あたしは立ちあがる。横で淋しそうにしている彼方の前で、あたしは尋ねつづける。
「バカだなぁ。僕は貴女を忘れてませんよ。ここで貴女を抱くことも」
「……っ」
「白鴉は貴女をどんな風に抱きました? かつて僕が貴女を抱いたときみたいに、優しかったですか?」
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