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「……なんで」
「実験が終わってからも玩具を手放そうとしない男が目障りだったので。貴女は僕にだけ心を開けばいいんです。さあ、もう一度、外の世界へ」
間延びした声が、あたしを安心させる。手と手をとって、あたしは閉じこもっていたこの場所から、出るように囁かれる。
たとえ過去のことを思い出せないままだとしても。
「出るの?」
「出るの」
窓の外にはたくさんの被験体が横たわっている。みんな、死んでしまった。
生き残ったあたしも、遅からず早からず、死ぬものだと思っていた。
それなのに、彼方が現われた。朽ち果てた温室に、似合わない彼方の姿が。
凍りついた濃紫の花々が、朽ち果てた肉体を装っている。あたしもここで葬り去られるんだと思っていた。
だから、諦めていたのに。
感傷に浸りながら、記憶の海をたゆたう魚になった。
あたしは今までどこで何をしていたのか?
どうして人間としての生活を遺棄されてしまったのか?
忘れている自分に改めて気づかされ、恐怖を感じる。
ねっとりとした重い空気を掻き分けて、あたしはかさついた唇をひらく。
「……あたしたち、まだ生きているんだね」
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